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メタボロミクスインサイト

甲状腺ホルモン調節によるイトヨの適応進化

2011年02月08日
生物学分野
最後の氷河後退期以後、海水イトヨは淡水の河川や湖へ生息地を広げています。淡水へ生息地を広げる進化過程で、形態的変化と遺伝的要因については多くの研究がされてきました。しかしながら、進化過程における生理学的現象の変化については調べられていませんでした。魚では、回遊する過程において、甲状腺ホルモンが生理学的現象を調節していることがすでに知られています。

本論文では、祖先型の海水イトヨと、生息地を広げることで進化を遂げた淡水イトヨを比較することで、生理学的現象と甲状腺ホルモン調節の関係を調べています。
概要
海水イトヨと淡水イトヨを様々な生息地で捕獲し、甲状腺ホルモンT4のレベルを調べた。その結果、海水イトヨと比較して、淡水イトヨではT4レベルが低下していた。海水イトヨと淡水イトヨを捕獲後、実験室の同じ環境下で生育させた後でも、海水イトヨと比較して、淡水イトヨでは、T4レベルが低かった。これらの結果は、淡水イトヨにおいて甲状腺ホルモンT4レベルが低いのは、環境要因によるものではなく、遺伝的要因によるものであることを表している。

海水イトヨと淡水イトヨを捕獲後、実験室の同じ環境下で生育させた後、酸素消費量を調べた。その結果、淡水イトヨでは、酸素消費量が低かった。同様な条件のサンプルを用いて、キャピラリー電気泳動質量分析計(CE-MS)を用いたメタボローム解析を行なった。その結果、淡水イトヨでは、TCAサイクルの後半部の代謝物や、高エネルギー代謝物であるATPやGTPが著しく低下していた。トランスクリプトーム解析によっても、酸化的リン酸化に関わる遺伝子群の発現が低下していた。淡水イトヨでは、TCAサイクルの流れが相対的に停滞し、酸化的リン酸化が抑制されることで酸素消費量が減少し、結果としてATPの生成が低下していると考えられる。

甲状腺ホルモンと酸素消費量の関係を調べるために、甲状腺ホルモン阻害剤と甲状腺ホルモンT4を添加することによる酸素消費量の変動を調べた。その結果、阻害剤添加によって酸素消費量は減少し、T4添加によって酸素消費量は増加した。それゆえ、酸素消費量の変動は、甲状腺ホルモン調節に起因することが明らかになった。

甲状腺ホルモンの生合成および分泌は、甲状腺刺激ホルモンによって促進される。甲状腺刺激ホルモンの1つのサブユニットをコードする遺伝子は、TSHβである。TSHβ遺伝子はTSHβ1とTSHβ2があり、TSHβ1については、海水イトヨと淡水イトヨの間で発現量の違いは見られなかった。一方、TSHβ2については、淡水イトヨで、発現量が著しく低下していた。

TSHβ1遺伝子のノンコーディング領域については、海水イトヨと淡水イトヨの間で、特徴的な違いは見られなかった。それに対して、TSHβ2遺伝子のノンコーディング領域の4塩基ついては、海水イトヨと淡水イトヨで特徴的な違いが見られ、この違いが発現量の違いの原因になっているのではないかと考えられた。
結論
海水イトヨと比較して、淡水イトヨでは、甲状腺ホルモンT4が低く、その結果として代謝活性が低くなることが明らかになった。また、甲状腺ホルモンが低いのは、甲状腺刺激ホルモンTSHβ2遺伝子のノンコーディング領域の違いに起因していることが明確になった。それゆえ、ホルモン関連遺伝子の発現調節領域の変異によって、海水イトヨが淡水でも生息できる能力を獲得したと考えられる。本論文は、ホルモン調節と進化の機構解明の礎になると考えられる。


筆頭著者かつ責任著者である国立遺伝学研究所北野先生からコメントいただきました。

海イトヨの方が河川イトヨよりも代謝が高いということ、およびその遺伝基盤の一部が甲状腺ホルモンの違いで説明できるのではないかというもので、代謝率については、酸素消費量、酸化的リン酸化の遺伝子発現、そしてメタボロームの結果をあわせて判断しました。


Adaptive Divergence in the Thyroid Hormone Signaling Pathway in the Stickleback Radiation.
Kitano J, Lema SC, Luckenbach JA, Mori S, Kawagishi Y, Kusakabe M, Suwanson P, Peichel CL Curr Biol. 20(23):2124-2130 , 2010
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