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ABC's of Metabolomics

【研究者インタビュー】東京大学総括プロジェクト機構総括寄付講座「食と生命」 大谷りら特任研究員


東京大学総括プロジェクト機構総括寄付講座「食と生命」で脳卒中と妊娠期の栄養の関係について研究をなさっている大谷りら先生にお話をお聞きしました。大谷先生は「胎児期のタンパク質制限により生じる食塩感受性亢進の発現機序の探索」で2009年度ネスレ栄養科学会議の一般公募研究助成(分野A:健康な生活に寄与する食品・栄養に関する研究)に採択されていらっしゃいます。

胎児期の栄養改善によって、将来生活習慣病に罹る人を減らしたい

―初めに、研究課題について簡単に説明していただけますか?

生活習慣病など「成人の慢性疾患は胎児期にはじまる」というバーカー理論 は、21世紀最大の医学学説と言われています。胎児期の栄養状態が、出生後に影響するというものです。約30年前にバーカー博士が提唱したこの理論は、今では肥満、喘息、閉塞性肺疾患などで実証され、乳癌、子宮癌、前立腺癌、骨粗しょう症などのリスクファクターであると言われています。

妊娠期の影響は孫にまで続く

この中でも私は、妊娠期の栄養と脳卒中の関係について研究を行っています。妊娠期にタンパク質を制限する*と、その子孫の食塩感受性が高くなり、脳卒中や高血圧になりやすくなると言われています。それだけでなく、タンパク質を制限した親から生まれた子が生んだ子(第三世代)は、親 (第二世代)がタンパク質制限されていなくても、タンパク質制限の影響が出ます。胎児期の栄養状況を変化させて、子だけでなく孫への影響まで調べています。
*タンパク質の制限は栄養制限モデルの一手法

この研究は、妊娠期の栄養状態がどれくらい重要か?ということと、栄養制限モデルを食塩感受性亢進モデルと考えることで、なぜ食塩感受性が高くなるのか?を研究することができるという2つの意味があります。

―妊娠期に栄養が少ないと、脳卒中になりやすいということですか?なんとなく、妊娠期に栄養が多すぎると悪い影響が出る、というほうがしっくりきますが。

もちろん過栄養も良くありません。栄養制限・過栄養・過度のストレスで分泌される内分泌撹乱物質などが胎児に悪い影響を与えます。ただ、現代の栄養状況では、胎児期に栄養が不足した環境に適応して生まれ、出生以後の過栄養の状況に適応できないことが多いのです。貧困地域では妊娠期も出生後も栄養が不足しているので、その意味では胎児期の栄養制限の影響はありません。

特に日本は、妊娠期に太り過ぎて産道が狭まり胎児が窒息することがあるなどの理由から「小さく産んで、大きく育てよう」という栄養指導が一般的です。そうすると、胎児期の栄養が少ない状態に適応し、出生後の過栄養の環境に適応できないという状況に陥ります。実は、先進国・発展途上国の中で出生体重が減少しているのは日本だけです。

ただし、大人になってからの環境因子や遺伝的な影響もあるので、胎児期の栄養状態だけが影響するわけではなく、例えば出生後タンパク質を制限したラットでは脳卒中は100%起こりません。とは言え、栄養のあるものや食塩はおいしいですよね。ジャンクフードはいけないと思っていてもつい食べてしまいます。

―栄養状態が及ぼす子孫への影響は大きいのですね。特に少子高齢化が進む日本では、子供一人一人が健康に育つような環境を出生前から指導できることは社会的な意義も大きいですね。

日本ではあまりこのような研究はなされていませんが、欧米では盛んに行われています。日本は栄養学分野ではやや出遅れてしまっているような気もします。

―これだけの研究をお一人でなさっているのですか?

大学院生と一緒にやっているので全く一人ではないのですが、孫の代への影響まで見ているので、サンプルの作製が大変ですね。8月にサンプルを作り始めると、サンプリングは1月か2月になります。2,3年に1回しかサンプルはとれません。なかなかやりたがる人がいない研究です(苦笑)。

次世代への子供への影響がいかに重要か

大谷りら先生―現在の研究へのモチベーションは何ですか?

この研究を通して、次世代への子供への影響がいかに重要かということを実感します。大人にはあまり不可逆的に影響しませんが、妊娠期に同じことをすると子だけでなく孫にまで、半永久的に伝わっていきます。不思議ですよね。なぜ影響が続いていくのかを知りたいと研究しています。将来的には、胎児期の栄養改善によって将来の生活習慣病になる人を減らすことができたらいいと思っています。

―メタボロミクスにはどのような期待をもっていらっしゃいますか?

栄養学の分野では、網羅的な視点で見られることは非常に重要です。栄養学はターゲットがブロードで、いろんなところでいろんな物質が関係し合っていることが多いので、メタボロミクスには期待しています。

―1対1以上の影響を調べるのは、解析が大変そうですね。

確かにこれまでと同じ手法でやっていては解析しきれないと思います。どのような解析をしていくかというアルゴリズムの開発から始めなければならないでしょう。製薬分野の研究のようなターゲット探索とは違った概念を求められますね。ネットワークのつながりを見つけていくイメージです。遺伝子でも、1つ動くのと、複数が協調して動くのとではまた違った結果が出てくるのと同じですよね。

―今後はどのように研究を進める予定ですか?

これまでに得られた結果から,子供や孫たちの生涯にわたる健康が妊娠中の栄養に左右されることが分かりました。今後は,これまでに変動のあった遺伝子がどのような構造変化を受けているのか,いわゆるエピジェネテティックな調節がどう関与しているかを明確にし,日本人に特に多い高血圧や脳卒中の予防に直接的に貢献できる情報を提供したいです。

―ありがとうございました。

(2010年4月 インタビュー:石川玄・写真:井元淳)

インタビューイプロフィール
大谷 りら(オオタニ リラ)
2001年 近畿大学大学院農学研究科応用生命化学専攻 博士前期課程 修了
2004年 近畿大学大学院農学研究科応用生命化学専攻 博士後期課程 満期退学
2004年 近畿大学大学院農学研究科応用生命化学専攻(栄養機能学研究室)研究生
2005年 農学博士(近畿大学)
2005~2008年 近畿大学農学部食品栄養学科栄養機能学研究室(村上哲男教授)研究員
2008年 東京大学総括プロジェクト機構総括寄付講座「食と生命」(加藤久典教授)研究員

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