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メタボロミクスインサイト

膵α細胞でインスリンの発現を誘導する低分子

2010年12月21日
医学分野

1型糖尿病は自己免疫疾患で、インスリンを産生するα細胞が失われています。膵島移植はドナーが限られていることや、免疫による合併症があるために、理想的な治療法ではありません。また、インスリンの分泌を活性化させる低分子薬は、1型糖尿病の末期でα細胞がほとんど失われた患者には、効果的ではありません。

膵臓における細胞の分化転換は、転写因子であるマスター因子によって制御されています。転写因子Arxの過剰発現によってβ細胞からα細胞への分化転換が行なわれることや、Pax4の過剰発現によって逆にβ細胞への分化転換が達成されます。また、Pdx1、Ngn3、MafA転写因子はβ細胞への分化に必要であることが報告されています。それゆえ、β細胞がほとんど失われた1型糖尿病患者には、分化転換が将来有用な治療法になるかもしれません。

概要

30710個の化学物質を用いて、マウスα細胞でインスリンの産生を誘導する物質のスクリーニングを行なって、BRD7389という物質を同定した。この物質の処理によって、膵臓管細胞ではインスリンの産生を誘導せず、β細胞でもインスリンの産生のさらなる増加を引き起こさなかったが、α細胞ではインスリンの産生を誘導した。

また、β細胞への分化のマスター因子であるPdx1の発現が誘導され、Pax4などβ細胞のマーカーの発現の増加も見られた。顕微鏡観察によって、形態的にもα細胞からβ細胞へ変わっていることが認められた。これらの結果は、BRD7389がα細胞をβ細胞に変換して、それに伴いインスリン産生を誘導していることを示している。

ChemBankのデータを調査した結果、BRD7389は既知のキナーゼインヒビターと関連性が高いことが明らかになった。この物質は、キナーゼの中で、RSKファミリー(RSK1、RSK2、RSK3)に対して高い阻害活性を示した。BRD7389の処理によって、RSKとそのターゲットであるS6のリン酸化は減少していた。

また、RSKファミリーのキナーゼの発現を抑制することによって、インスリンの発現が誘導されることが分かり、BRD7389の処理によってRSKファミリーを阻害し、その結果としてインスリンの産生が誘導される可能性が示唆された。

マウスα細胞で明らかになったBRD7389の機能についてヒトでも適用されるか明らかにするために、ヒト膵臓由来の膵島細胞についてBRD7389処理によってインスリンの分泌を調べた。その結果、BRD7389の濃度依存的にインスリンの分泌が増加することが明らかになった。

結論

マウスのα細胞にインスリンの産生を誘導する物質を探索するスクリーニングを行ない、α細胞からβ細胞へ変換させる物質BRD7389を同定した。また、この物質の機能はヒトの膵臓の細胞でも適用できることが証明された。

この物質が実用化されれば、インスリンを産生する膵臓のβ細胞がほとんど失われた1型糖尿病患者にこの物質を投与することによって、再びインスリンの産生を誘導できる可能性があります。実用化されるまでには、非常に多くのハードルがあるとは思いますが。

Small-molecule inducers of insulin expression in pancreatic alpha-cells.
Fomina-Yadlin D, Kubicek S, Walpita D, Dancik V, Hecksher-Sørensen J, Bittker JA, Sharifnia T, Shamji A, Clemons PA, Wagner BK, Schreiber SL. Proc Natl Acad Sci U S A., 107(34):15099-104, 2010

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