«

»

ABC's of Metabolomics

【研究者インタビュー】 理研植物科学センター 及川彰研究員


理化学研究所植物科学センターメタボローム基盤研究グループの及川彰研究員にお話を聞きました。及川さんの専門は生物有機化学で、2年前から鶴岡メタボロームキャンパスでCE-TOF MSを使って研究をされています。

―初めに、研究課題について簡単に説明していただけますか?

鶴岡に来てまずCE-TOF MSを用いて植物に含まれるイオン性化合物を一斉に解析する実験系を確立しました.現在は,サンプルの抽出・前処理・分析・データ解析までをルーチンでこなせるようになっています.この系を用いて,植物の生理学的な性質を化合物レベルから解明しています.化合物は生物種を選ばず共通のものが多く,遺伝子情報がない生物でも化合物なら解析が可能です。これまでの研究の多くは遺伝子→RNA→タンパク質→化合物でしたが、私は逆方向のアプローチから研究を進めています。また、山形大学農学部を初めとして様々な研究機関と共同研究を行っています。

―質量分析を始めたきっかけはなんですか?

大学時代に少しだけLC-MS(液体クロマトグラフィー-質量分析)で分析をやっていたので、太田大策先生(大阪府立大学大学院教授)の研究室のポスドクになったとき、それならMSができるはずとFT-ICR-MS(フーリエ変換イオンサイクロトロン-質量分析)をやるよう言われ、本格的に始めました。CE-MSは理研に入り、鶴岡メタボロームキャンパスに来てから始めました。

―鶴岡の生活はどうですか?

もともと田舎育ちなので、鶴岡は住みやすく気に入っています。食べ物が基本的においしいし、これまで住んでいた関西とは食の文化がまったく違っておもしろいです。休日には山に行くことが多いのですが、景色がとてもきれいですし、思いついたらすぐ行けるうえ、人が少なくて自由に歩けるのがいいですね。

―鶴岡に研究所がある利点はありますか?

CE-MSは 使っている人が少ないため、参考書もLC-MS等に比べて少ないですが、鶴岡はHMTや慶應大学の研究所があり、CE-MSを使うのにいい研究環境です。また慶應大学が開発しているCE-MSのデータ解析ソフト「MasterHands」がなければ解析の効率が全然違ったとおもいます。横浜の理化学研究所植物科学センターではLC-MSやGC-MSを使った研究を進め、さらにCE-MSのデータも併せることで、より多くの化合物をカバーできるようになりました。

植物を通して化合物を見ています

―大学時代はトウモロコシ、ポスドク時代はシロイヌナズナ、今も理研の植物科学センターでずっと植物にかかわる研究をやっていらっしゃいますね。

基本的にはずっと植物をやってきましたが、実は植物という生物種にこだわりがあるわけではなく、化合物を研究するなら植物が面白いと思っています。植物は光合成で化合物を自ら作り出しますし、動物と違って動くことが出来ないのでストレスがかかったときに、動物が逃げたり攻撃したりと物理的に対処するのに対し、植物は体の中の化合物を変換するという化学的な対処をします。だから植物の持っている化合物は多種多様で面白いですね。人間の生活にも栄養や薬という形で役立っている植物由来の化合物は多くありますし。

―植物と化合物には深い結びつきがあるのですね。化合物に興味を持ったきっかけはなんですか?

ほんの少ししか構造が変わらないのに、一方は薬になり他方は毒になる化合物がある。高校の有機化学の授業でその話を聞いたときおもしろい!と思ったことが、化合物に興味を持ったきっかけです。ちょうどそのころに読んだ養老孟司先生の本の中で、感情も全てドーパミンのような化合物が支配していると知ったことも、ますます化合物に興味を持つきっかけになりました。大学に入ってさらに勉強をすすめ、ますます化合物の世界のおもしろさに魅了されました。

メタボローム解析を始めたことによって、世の中にまだ知られていない化合物がたくさんあることが分かった。

シロイヌナズナやイネはモデル植物として何十年も前から研究されてきて、遺伝子が全部分かっているだけでなく遺伝子をひとつひとつノックアウトしたミュータントも簡単に手に入るし、タンパク質の研究もたくさん行われている。しかし、シロイヌナズナをメタボローム解析してみると、CE-TOF MSで検出されるピークは約1000、そのうち約半分がホワイトノイズやアダクトイオンなどのピークだとして、アノテーションがつくのはどんなに多くても200程度なので、残り100~200は未知の化合物のピークだと推定できます。遺伝子でも機能が未知のものはありますが、化合物は遺伝子よりもずっと昔から存在が知られていて身近なのに、よく研究されているモデル植物のシロイヌナズナですら未知化合物のピークが山ほど出てくるんです。改めて世の中には分かっていないことがまだまだある、自分が思っていた以上に研究する余地がまだまだあると感じています。
 全ての周波数の波が合成されて生成される測定ノイズ
 中性分子 にイオンが付加したもの

メタボロームの世界は予想以上に広かった。もっとできることがある。

―最後に、研究のゴールを教えてください。

やはり化合物に興味があるので、知られていない化合物を見つけたいです。既に知られている化合物に新たな生理機能があってもおもしろいですね。化合物と生理機能、生理現象はダイレクトに結びついていることが多いので、新しい化合物を見つけるだけでなくその働きや、それを使って何かに役立てられたらいいですね。天然物化学は約200年前に始まり盛んに研究が行われてきた分野で、既にいろいろな重要な発見がなされている。やりつくされている分野かと思っていたが、メタボローム解析をしてみるとまだまだ未知の化合物のピークがあることが分かりました。既知の現象に中にもみんなが見落としているものがあって、その中から未知化合物を見つけて、自分なりに化合物の生理機能や生理現象との結びつきを詳しく調べていけたらと思っています。メタボロームの世界は思ったよりずっと広くて、まだ着地点はぼんやりとしか見えていないところはありますが、自分にできることはもっとあると感じています。

―ありがとうございました。

(2008年6月13日 インタビュー・写真:井元淳)

1998年  京都大学農学部農芸化学科卒業
2000年  京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻修了
2003年  京都大学博士(農学)学位取得
2003年  バイオテクノロジー研究開発組合研究員(大阪府立大学太田研究室)
2006年  (独)理化学研究所植物科学研究センター研究員

その他の研究者インタビューはこちらから

«

»

メタボロ太郎なう

Photos on flickr