研究開発本部の藤森です。今回は疾患バイオマーカー探索における代謝物質の安定性の問題に関してお話ししようと思います。
ゲノムは基本的に安定なので、塩基配列の差異をバイオマーカーとして評価する場合、異なる時期に採取した血液検体のゲノムシークエンシングの結果を比較するのは比較的容易であると考えられています。
凍結保管血液中のゲノムは安定かつ定量性が問われないため、異なる時期に行ったゲノムシークエンシングの結果は比較可能です。それぞれ血液検体を採取した時にゲノムシークエンシングを行いその結果を比較しても、採取した血液検体を保管しまとめてゲノムシークエンシングを行いその結果を比較しても、結果に違いはないと考えられています。
一方、代謝物質の定量性をバイオマーカーとして評価する場合、凍結保管血液中の代謝物質は安定でなかったり、異なる時期に行ったメタボローム解析データの相対定量値を比較できないといった、解決しなければならない課題が生じます。
血液検体を採取した時に都度メタボローム解析を行い、その結果を比較する場合は、メタボローム解析データをどのように統合するかが課題となります。対処法はいくつかあると思いますが、それはまた別の機会にお話することにします。
今回は、採取した血液検体を保管し一度にメタボローム解析を行い、その結果を比較する場合について考えてみましょう。この場合、代謝物質の安定性に注意を払う必要があります。
保管期間が長期になると代謝物質が分解されるリスクが生じます。その解決方法として、液体窒素、-80℃、-20℃で保管した時の保管期間による代謝物質の安定性評価のデータを持つことが挙げられます。このデータと、候補として挙げられたバイオマーカーを照合することで、バイオマーカーとしての妥当性を評価することができます。
また、血液検体を保管する時、血液の状態で保管するか、前処理してから保管するかを選択する必要があります。
血液として保管した場合、どんなに低温であっても代謝酵素が代謝物質に対して働くリスクがあります。前処理技術のレベルが高いのであれば、血液検体を前処理して代謝酵素を不活化してから保管する方がよいでしょう。
一方前処理技術に自信がない場合、都度前処理を行うと前処理技術のばらつきがデータに悪影響を及ぼすリスクが高まるので、保管しておいた血液検体を一斉に前処理を行ったほうがきれいなデータが得られる可能性が高いかもしれません。
遺伝的要因が大きくかかわる疾患のバイオマーカーはゲノムシークエンシングにより探索するのが最も適していると考えられますが、遺伝的背景に食習慣などの生活環境が加わった複合的効果によって発症する疾患のバイオマーカーを探索する場合は、ゲノムシークエンシングでは限界があります。生活環境が及ぼす影響は、ゲノムシークエンシングをしても捉えることができないためです。実際糖尿病や精神疾患の分野では、非常に多額のお金を使ってゲノムシークエンシングが大規模に行われていますが、医学的に重要なバイオマーカーの発見には至っていません。だからこそメタボローム解析が大きく期待されています。
メタボローム解析によりゲノムシークエンシングと同じく大規模な疾患バイオマーカー探索試験を行う場合、長期間にわたり検体を収集する必要性が生じますが、医学的に価値が高い疾患バイオマーカーを発見するためには上記の課題を考慮しておくことが求められるでしょう。