«

»

インタビュー

【研究者インタビュー】徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部 大政健史教授 (前篇)


今回は、徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部で細胞を使った抗体医薬の生産について研究なさっている大政健史先生にお話を伺いました。前篇・後篇に分けてお届けします。

大政先生は生物化学工学の分野で研究を続けてこられており、現在は経済産業省の「個別化医療に向けた次世代医薬品創出基盤技術開発(国際基準に適合した次世代抗体医薬等の製造技術)」のプロジェクトリーダーもしていらっしゃいます。

―初めに、先生のご研究について簡単に説明していただけるでしょうか
私の専門分野は生物化学工学で、生物を使って何かものつくりをするということに関わる様々な技術的な開発をしています。

生物化学工学の確立は1940年代頃のペニシリンなどの抗生物質を微生物を使って生産させるという研究が始まりです。元々、化学工学という、化学プロセスで何か物を作るというプロセスを研究する学問をバイオプロセスに応用したのが生物化学工学です。

大政先生3_1
学問として体系づけられたのは1965年にアカデミックプレスから出版された“Biochemical Engineering”という教科書です。アメリカのハンフリー先生、オーストリアのミリス先生と共に日本の合葉修一先生が執筆されています。1968年には日本語に翻訳され、「生物化学工学」というタイトルで東京大学出版会から出版されています。どちらももう絶版になってしまっていますが。

生物化学工学においては、微生物を使ってものつくりを行う場合、小さなスケールや試験管の中では生産できていても、大きなスケールではできないことがあるので、どうやって微生物を増やしたらよいのか、どうやって大きくスケールを上げればよいのか、それをどうやって分離精製したらよいのかなどにまつわる技術開発が体系づけられています。

抗体生産の研究を始めたのは修士2年のときでした。週末に学校へ実験に行ったら当時の研究室の助教授がいて、軽い気持ちで「ドクターに行ってみてもいいかなと思っている」ということをぽろっと漏らしたら、次の週の木曜には教授に呼び出され、博士に進学する事になっていました。「今のテーマで博士号は取れないから、違うテーマにしなさい」と言われて引き継いだ研究が、動物細胞を使ってものつくりをするという現在の研究テーマにつながるきっかけとなりました。

工学部の醗酵工学科というところで研究していたんですが、動物細胞をやっておられる先生はどなたもいらっしゃらなくて、指導教員に聞いても、「さっぱり分からんなあ」、誰に聞いても「うーん分からんなあ」と言われ、色々やってみるんですがうまくいかずに苦労しました。でもその分自分で工夫して好き勝手できたのは良かったです。ただデータが出ないので博士号を取るのに4年かかりましたけどね。

その頃はまだ培養プロセスについての研究をしていて、細胞の中を変えるということはやっていなかったんですが、助手になったときに当時の教授から「10年くらいはもつようなテーマで研究してください」と言われたので、現在もやっているCHO(チャイニーズハムスター卵巣)細胞の研究を始めました。そこで、それまではやっていなかった、細胞自身の改変に取りかかることにしました。

ハイブリドーマの研究をしていた経験から、細胞の性質が培養条件に非常に影響するということが分かっていましたので、細胞が変わるとどうなのか?細胞を作るというプロセスをどうやったら効率化できるのか?に興味があったからです。

現在では、CHO細胞のゲノムがどうであるとか、高生産株を作るにはどういう条件がいいとか、分泌を上げるにはどうしたらいいのか、出来上がったものの糖鎖の分布はどうなのか、タンパク質も含めた品質をどう制御するのか、どのようにして栄養源を代謝していくのか、などその頃の研究が様々な研究に広がっています。

―CHO細胞を選ばれた理由はなんですか?

当時は抗体生産にはハイブリドーマが使われていましたが、CHO細胞は組換えタンパク質医薬品の宿主として既にいくつか用いられていましたので、しばらくは必要だろうと感じたのが一つです。

二つ目は、高生産株をつくるために用いられている遺伝子増幅という手法が割に経験と勘というか、試行錯誤でやられていたので、その部分に色んな工学的要素を活かせると感じました。

―今後メタボロミクスに期待されていることはなんですか?

大政先生6_1
現在の研究テーマの前、修士2年までの研究テーマは実はアミノ酸発酵(Corynebacterium glutamicumによるリジン生産)だったんです。色んな培養条件で培養して、培養経過をモデル化したり、流加培養をして条件を決めるとか、そういう研究をしていました。つまり、色んなアミノ酸の影響によって代謝がガラッと変わってどーんと作ったり作らなかったりすることがある、というのはそもそもの経験として持っていたわけなんですよね。

その研究ではロイシンがキーポイントとなっていて、ロイシンの濃度をいかにコントロールして細胞内の代謝を操ってやるか、細胞の中の中間代謝物をどうしたらいいのかということに大変興味をもってやっていましたが、当時はそれを調べる手段が十分無かったんです。

博士課程に進んでハイブリドーマの培養で抗体生産をするという研究をしていたんですが、博士論文のテーマとして、細胞自身が出す乳酸が、物質生産、細胞増殖にどう影響するのかということを選んでいて、代謝物質が細胞内でどうなっているのか、どう変化しているのかというのはずっと関心があったんですよね。

その延長線上のテーマとして、博士課程の終わりから助手になったばかりの頃は、ハイブリドーマを使って連続培養を行い、様々な代謝フラックスを計算したり、アミノ酸を測って代謝フラックスを解析したりということもしていたんです。

乳酸の生成量をできるだけ少なくすると生産性が上がる、よい株の状態になるということは知られているんですけれど、どういう点がスイッチになっているのか、どういう点が変わってくるのかということは現在でもほとんど分かっていないんですよね。なので代謝物質を、様々な条件で網羅的に解析することによってその回答が得られるんじゃないかと非常に期待しています。(後篇に続く)

(2014年3月 インタビュー・写真:井元淳)

インタビュイープロフィール
大政 健史(オオマサ タケシ)
1986年 大阪大学工学部醗酵工学科 卒業
1992年 大阪大学大学院工学研究科醗酵工学専攻博士後期課程 修了
1992年 大阪大学工学部応用生物工学科 生物化学工学講座 助手
1998年 University of Rochester, NY 客員研究員 (Dept. of Chemical Engineering)
2002年 独立行政法人産業技術総合研究所 ティッシュエンジアリング研究センター 客員研究員
2005年 大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻生物工学講座生物化学工学領域 助教授 (2007より准教授)
2010年~ 徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部ライフシステム部門生命機能工学 教授

<参考文献>

その他の研究者インタビューはこちらから

«

»

メタボロ太郎なう

Photos on flickr