こんにちは。バイオメディカルの大橋由明です。
3月末に1週間、ヨーロッパ各地でメタボロミクスを語って参りました。
大手の食品・製薬・分析機器会社・大学を回り、さらにNVMS-BSMS 2009というベネルクス質量分析国際会議(オランダ質量分析学会とベルギー質量分析学会の合同会議)でポスター発表を行いました。スイス、ドイツ、オランダ、フランスの順にヨーロッパ大陸を縦に横にと移動の毎日でしたが、ヨーロッパの研究者がメタボロミクスに寄せる期待を大いに感じる旅となりました。今回のブログでは、会議の報告と、食べ物の話題などを2回に渡ってお伝えします。ちょっと研究の手を休めて、お付き合いください。
1. スイスの街なかでタイチャーハンに感激した話
最初の滞在国であるスイス・バーゼルには、フランクフルト経由で入ります。スイスは欧州連合非加盟国なので、ユーロ以外にスイスフランも準備しなければなりません。お国の事情はよく理解しているつもりだし、スイスという国のあり方には敬意を払っているのですが、ちょっと不便です。
ヨーロッパの電源は大方200Vくらいで、日本の電気製品は変圧器がないと使えません。ここで初めて気づきましたが、パソコンのACアダプターは200V対応。すごい!というより、世界共通で作った方が安くできるのかも知れません。
翌日は日曜日なのでスイスで休暇です。ついでにお店も飲食店以外はすべてお休み。美術館も開いていません。行きたかった製薬博物館の門は堅く閉ざされ、大橋はひとり路頭に迷うのでした。とにかくカフェでランチをと思って入ったのが、なんとスシ・バー。サインをよく見てなかった!日本を発って2日目。おスシは恋しくありません。ウィトレスさんに、ワタクシはニッポンジンであること、よく看板を見ないで入店したことを説明すると、にっこり笑顔で「タイチャーハンならできるよ」。そうか。カノジョはタイ人だったのか。
ウェイトレスさんがタイチャーハンを持ってきます。これがアルプスの山の中なら違和感もありますが、バーゼルの街中だからまあいいかなと思って食べると、これがうまい!カノジョに感謝。呼び止めてとても美味しかった旨伝えると、街を案内してくれるといいます。すばらしい。なんと、スイスでタイ人のシャキシャキなガールフレンドが出来てしまいました。仏教徒のカノジョに古い教会を案内してもらうという「違和感」の中お店に帰ってくると、いつの間にか屋台も出て鼓笛隊が通りをマーチしています。子供から老人まで一緒に演奏して歩く姿は、やはり異国情緒があって楽しい。意外な出会いに感謝したのでした。
2.中世の面影残る大学に最新の質量分析装置が並んでいる話(ライデン大学)
スイスからドイツに行った後、なんと600kmの道のりをカールスルーエからライデンまで車で北上です。ドイツの高速道路はスピードがすごい。おばあちゃんが新型ポルシェのハンドルしがみついて運転していたりします。
マンハイム・フランクフルト・ボン・ケルン・デュッセルドルフを次々と抜けてオランダ領へ。ボーダーは何もなく、「ここからオランダ」って書いてあるだけで、日本の県境みたいな感じです。民家の感じが明らかに変わるのですが、レンガの積み方が違うのではないかとにらんでいます(うそかも)。
オランダは距離の割に大きな都市が少なく、ユトレヒトを通過したくらいでライデンへ。ぽつぽつと風車も見えます。うわさには聞いていましたが、オランダは本当にフラット。山はありません。初めてのオランダ訪問に興奮です。
ライデン大学は、大学の建物と一般の建物が混在している美しい中世の大学町にあります。さっそく自然科学棟のHankemeier教授のラボでプレゼンテーション。結構興味を持っていただけたようです。その後は研究室を見学しました。Hankemeier教授のラボは、まるで質量分析計の展示会のようです。最新の装置がズラッと並んでいます。それぞれの機器のよいところを引き出しながら、最適なメタボロミクスを探っているようでした。是非CE-MSも生かしてください。これからの成果が楽しみです。
3.オランダの田舎で「さまよえるニッポン人」になりそうになった話
ライデンから国際会議が行われるケルクダーレまで車で南下します。途中は雨・みぞれ・晴れの繰り返し。学会会場は中世の大修道院を改装したセミナーハウスみたいなところで、重厚な建物ですが至って質素です。「シャワー、トイレつきのお部屋ご用意できました」とわざわざ事務局からメールが来た理由が判明しました。
夕方だから何か食べましょうということで、ホテルのレストランに行ってびっくり。予約していないとダメ。5分歩くといい店があるとフロントで言われ、さっそく行ってみたところ、「今日は予約でいっぱいなのでダメです」と細身にヒゲのオーナーからやんわり断られてしまいました。
えー、他に店ないよーという感じで、菅野社長と二人で困った顔をしていたら、「この東洋人たち、飢え死にするかも!」と思ったのか、店主が「ステーキでいいかい?」と聞いてきました。「Yes, of course. We have no choice!」ということで入れてもらい、ミディアムのステーキをいただきます。これがまたとっても美味しい。しかもワインも飲んで一人28ユーロです。安い。スイスならハンバーガーの値段です。紆余曲折はありましたが、最高に思い出深いディナーとなったのでした。
4.ヨーロッパの学会で「フィロソフィー」を学ぶ話 (ベネルクス質量分析国際会議)
翌日はポスターを貼って学会参加です。学会はオランダ質量分析学会(NVMS)とベルギー質量分析学会(BSMS)が合同で開く国際会議です。通称ベネルクス会議と呼ぶようですが、今回はドイツの研究者も結構いたようです。
学会を通して感じたのは、ライデン大学の圧倒的な存在感。他にはユトレヒト大学やベルギーのゲント大学ががんばっているようでした。
さて、お目当てのメタボロミクスです。参考になったのは、ドイツのマックスプランク研究所のShevchenko教授の講演で、リピドームのお話です。脂質分析のターゲットは大まかにスフィンゴリピッド・グリセロホスホリピッド・ステロールの3種類で約7,000種。酵母には21の脂質サブクラスで250種が検出できるそうです1。さらに糖尿病、肥満患者と高血圧患者では血中脂質に大きな違いがあり、最近バイオマーカーが見つかったとのことです。
イギリス、ヨーク大学のThomas-Oates教授は、LC-MSでC18とHILICカラムを比較。男性と女性の尿のプロファイルは、C18では主成分分析(PCA)で94%の分離でしたが、HILICでやったら100%分離できたとのことです。残念なのはPCAの図だけで評価していたこと。これでは詳細な違いがわかりません。あとはPorous graphitic carbon (PGC)カラムで、ヘキソースが2-19個つながったポリサッカライドの分離を行ったそうです。
ポスターでは、ライデン大学メディカルセンターが、がん細胞のMHC(主要組織適合遺伝子複合体)のうちQa-1分子について、その認識ペプチドの網羅的解析(リガンドームという)を行った結果を発表していました。筆頭著者のde Ru氏は、大橋がなにやらメモをしながら熱心にポスターを見ていたらすっ飛んできて、色々説明してくれたいいヒトです。ターゲットはほとんどが10アミノ酸くらいのペプチドなので、CE-MSでも試したいとしきりにおっしゃっていました。
最後に、さすがヨーロッパの学会だと思ったことがあります。それは、Science and History Lectureというセッションが設けられており、かつ全員が出席できる時間帯に一番大きな会場で行われるということです。
今回はライデン大学科学史教室のvan Lunteren教授が「実験科学の勃興と計測機器」という演題で講演。望遠鏡・顕微鏡・空気ポンプ・気圧計を例にとって、機器の発展が人々の哲学的の急激な変化にどのように貢献してきたかを解説しました。こういうのって日本やアメリカにはないなあ。さすが歴史と哲学を愛する人たちの集まりは違うと実感しました。(後半に続く)
Global analysis of the yeast lipidome by quantitative shotgun mass spectrometry.
PNAS, 2009 Feb 17;106(7):2089-90.
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