こんにちは、バイオマーカー・分子診断事業部の藤森です。今日はD型アミノ酸の存在意義について、なぜアメリカザリガニはアラニンを蓄積するのか?という観点から考察してみたいと思います。
海水などの浸透圧が高い環境で生育するためには、細胞内で適合溶質を合成し蓄積させ、外界と同じレベルまで細胞内の浸透圧を上げなければなりません。適合溶質として、グリシンベタイン、プロリン、糖類などが知られています。これらの物質は、細胞内である程度のレベルまで蓄積しても、あまり害は無いと考えられています。
アメリカザリガニを海水に順応させて、アミノ酸などの代謝物を測定してみると、アミノ酸の中ではアラニンが顕著に増加していました。この研究が行なわれたのは、10年前でしたので、その頃はまだメタボローム解析は周知の技術ではありませんでした。現在でしたら、もう少し詳しい代謝挙動が明らかになったかもしれません。
なぜアラニンだけを多量に蓄積させるのでしょうか?
アラニンよりもグリシンを蓄積させた方が、原子数を考慮すると、効率的です。また、アラニンは一反応でピルビン酸やアスパラギン酸に変換されるため、アラニンだけを過剰に蓄積させるのは難しいと考えられます。
アミノ酸にはL型とD型の二種類の立体異性体が存在します。タンパク質を構成するアミノ酸の中で、グリシン以外は、L型とD型が存在します。自然界に存在するアミノ酸は主にL型です。
まず、アメリカザリガニがアラニンだけを多量に蓄積させるのは、細胞内でL型アラニンをD型アラニンに変換しているのではないかと仮定しました。
そこで、キラルカラムを用いて、異性体を分離して、L型とD型のアラニンを測定しました。その結果、アメリカザリガニを淡水から海水に移すと、アラニン全体当たりのD型の割合が上昇していることを突き止めました。グリシンでは、立体異性体が存在しないため、代謝学的に不活性型に変換することはできません。
以上の結果から、以下のことが言えます。
アメリカザリガニを海水に移すと、細胞内浸透圧を上昇させるためにアラニンを蓄積させます。ただ単純にアラニンを蓄積させただけですと、ピルビン酸やアスパラギン酸へ変換されてしまいます。L型アラニンをD型アラニンに変換することによって、アラニンを多量に蓄積させても細胞内の代謝に大きな影響を与えない状態を作り出しています。もしも、ピルビン酸あるいはアスパラギン酸が必要になった時は、D型アラニンをL型アラニンに変換し、その後それぞれの代謝物質が生成されると予想されます。生体内の代謝戦略は効率的で、その研究は非常に奥が深く、興味深いです。
D型アミノ酸は脳内の情報伝達物質の一つであるという報告もありますが、細胞内で不活性化代謝物であることもD型アミノ酸の存在意義の一つであると言えるでしょう。