こんにちは、B&Mの大賀です。このシリーズではフラクソミクスに関する近年の研究例を紹介しています。今回は測定データではなく、数学的モデルから代謝フラックスに迫る試みに注目したいと思います。
近年の代謝流量シミュレーションでよく使われる手法の一つに流速均衡解析(Flux Balance Analysis; FBA)があります。FBAではゲノム情報や予測に基いた代謝経路を構築し、各ノード(=代謝分子)の増加(例えば合成反応や取り込み輸送)と減少(分解・変換反応や排出輸送)を行列式で表現します。
このとき、代謝系が定常状態、つまりモデル内の代謝中間体が一定量に保たれるという前提で式を解き、また反応の方向や速度上限といった制約条件を加えることで得られる解を制限していきます。この結果に対して、知りたい現象(例えば酵素の不活化やバイオマスの生産量)を目的関数として与え、それを満たす解を求めることでフラックスの予測を行います。
ゲノム情報から代謝のアウトプット、すなわち表現型の予測指標が得られるFBAは、発酵生産や創薬における標的探索など幅広い分野で応用されています。
Plataらは、マラリア原虫の代謝モデルを構築して、その生育を阻害できる新薬候補のスクリーニングを行っています。寄生動物であるマラリア原虫の代謝モデルは、これまでに報告されている酵母などのモデル生物種と比べて、脂質やアミノ酸代謝などが大きく異なっていたそうです。この代謝経路には366個の酵素(遺伝子)が含まれていてたのですが、そのうち55個が必須であるという結果が得られました。これらのうち、過去に遺伝子ノックアウト実験の報告がある14個に関しては、その全てが実際に必須だったそうです。
一方、薬剤による酵素活性阻害の報告も調べてみると、報告がある25個のうい7割に相当する17例で実際に生育阻害効果が確認され、また残り30%の不一致に関してはモデル内でノードの接続を増やすことで結果の改善が計れたとのことでした。
このような薬剤阻害の影響が大きい酵素のうち、特にヒト酵素との相同性が低いものは、副作用が小さいマラリア治療薬の標的として期待されます。この研究でも、補酵素NADの代謝阻害剤が実際にマラリア原虫の生育ステージを停止させることが実験的に確認されていました。
さらに、著者らはモデルの検証として細胞外代謝分子の増減予測を実験データベースから得たマラリア感染細胞の遺伝子発現パターンと比較しています。その結果、約5割の代謝分子の動向についてはモデルと挙動が一致し、ランダムに再現した発現パターンにはあてはまらなかったそうです。
現在のところ、各代謝分子の絶対量まで予想することは難しいようですが、細胞内外に輸送される主な栄養についてだけでもその増減が把握できていれば、発酵などの工業分野にも応用が期待できます。
利用できるゲノム情報が増えたこともあってか、FBAやその関連手法を扱った論文はバイオインフォマティクス誌を中心に報告数が増えています。今後は実験データによる検証が盛んになることで、生物誌でも一般的に受け入れられる様になるのではないでしょうか。その時には是非、細胞増殖やバイオマス生産といったマクロな指標に加えて、メタボロミクスから得られる代謝分子(あるいは集団)の挙動を活用していきたいものです。
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