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ABC's of Metabolomics

しぶとさの秘訣は腸内細菌


こんにちは、バイオメディカルグループの大賀です。

こちら鶴岡は、とうとう山頂付近に雪が積もっています! 山の下は相変わらずの雨模様ですが...以前に住んでいた関西では、この季節にこれほど雨が続くことはなかったので、風土の違いに驚く今日この頃です。


そういえば、鶴岡暮らしで驚いたことがもう一つ。こんなにもジメジメした日々なのに“アイツ”と出会うことがありません。関西では 5W (何時でも何処でも誰でも、何をやっても、何が何でも) 出現していた、黒光りのアイツ、そう、ゴキブリです。 寒い地域には少ないと聞いてはいましたが、こちらで過ごしたこの一年半、まだ一度もお目にかかっていません。

もっとも、お目にかかって喜ぶ人は少ないかと思いますが、私自身は一生物学者として、あの驚異の生命力には心を引かれるものがあります。実は最近、そのしぶとさを支える理由の一端が解明されたそうです。

『ゴキブリ内部共生菌による、窒素リサイクルと栄養供給』米国科学アカデミー紀要(PNAS)

ゴキブリ (cockroach) は雑食性ですが、タンパク質などのアミノ酸体窒素が非常に乏しい食環境でも生存できるそうです。高等生物の多くは、代謝の中で窒素を尿酸という分子の形で排泄しますが、何とゴキブリはその尿酸を体内(脂肪体)に貯蔵しておき、必要な時にアンモニアや尿素を経てアミノ酸を生合成するための窒素源として利用できるのだとか。

ところが、実は、ゴキブリ自身は尿酸からアミノ酸を生合成するために必要な代謝酵素を持っていません。緊急時の窒素リサイクルを担っているのは、ゴキブリの腸内細菌 (Blattabacterium) が持つ酵素なのだそうです。

これまでゴキブリの尿酸リサイクルに腸内細菌が関与することは予想されていたものの、その証明はなされていなかったそうです。今回の研究では共生細菌のゲノムが解読され、アンモニアや尿素からアミノ酸を合成するまでの酵素遺伝子セットの存在が確認されました。ゲノム情報だけなので、実際にその様な代謝が動いているのか、あるいは宿主との間にあるクロストークなどの詳細なメカニズムは依然不明ですが、腸内細菌が宿主の代謝システムの中で重要な役割を担っていることの証明においては、大きな前進になったと言えるでしょう。

一方で興味深いことに、今回解読された腸内細菌のゲノムには、尿酸を分解してアンモニアや尿素を作る酵素の遺伝子が同定されませんでした。この窒素リサイクルのブラックボックスを埋めるのは、存在が確認されていてもその機能が分かっていない「機能未知遺伝子」の一つかもしれませんが、もしかするとゴキブリの体内に棲む他の腸内細菌が持つ遺伝子、酵素かもしれません。そうだとすると、それらの共生細菌や宿主のゴキブリはなぜ、どうやってそんな複雑な代謝システムを進化させてきたのでしょう?

ほら、ちょっと“アイツ”に興味が出てきません...か?

ゴキブリに限らず、多くの動物、それにもちろん私達ヒトも、腸の中には非常に多種・多数の共生細菌が棲んでいます。そしてその中には、宿主が合成できない栄養代謝物を合成するなど、「代謝のスペシャリスト」として宿主を支えているものもあります(もっとも、細菌にとっては宿主を利用しているだけ、とも言えるかもしれませんが...)。 生物の代謝を理解するためには、その生物自身がもっている代謝システム(=ゲノム情報)だけではなく、その背景にある環境や他の生物といったサポーターにも目を向ける必要があるのでしょうね。

ところで、私が曲がりなりにもしぶとくこのブログを続けることができているのは、書くのが遅くなっても、優しく生暖かく見守ってくれている井元さんのお陰です。今回も遅くなってスミマセン...いや、次回こそは...ねぇ。はい。

[1] Sabree ZL, Kambhampati S, Moran NA.
Nitrogen recycling and nutritional provisioning by Blattabacterium, the cockroach endosymbiont.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Oct 30. [Epub ahead of print]
[PubMed]

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メタボロ太郎なう

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