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ABC's of Metabolomics

代謝プロファイルから示されるサルコシンの前立腺がん 進行への関与 (Nature誌)の逆説的解釈(後編)


こんにちは。バイオメディカルグループの大橋です。東京は春の陽気だそうですね。

先週に引き続き「代謝プロファイルから示されるサルコシンの前立腺がん進行への関与 (Nature誌)」について、メタボロミクスの研究者として、どのようにこの論文を解釈しているかについての私見を述べてみたいと思います。

前編は[こちら]

みっつめのポイントは、組織メタボロミクスデータからサルコシンという物質への絞込みです。組織のメタボロミクスデータから変化している代謝物質を絞り込む過程は、多くの容疑者から真犯人を割り出すようにスリリングです。

使われている手法も適切ですし、permutationという数値置換群によるテストを行い、妥当性も検討しています。著者らは、まず良性腫瘍 (benign)と悪性腫瘍 (PCA)を比較し、37種のアノテーションの付いた代謝物質を抽出します。ここで、未同定ピークには目もくれないところから、生化学的合理性に主眼を置いていることが読み取れます。


さらに PCAと転移性腫瘍(MetS)を比較し、91種のアノテーションの付いた代謝物質を抽出します。これらから、共通に変化するもの、すなわちガンの進行度とパラレルな関係にある6種の代謝物質を絞り込みます。ここで KEGGデータベースの代謝経路にマッピングし…というくだりはあまり重要ではありません。決定的なのは、アンドロゲン (男性ホルモン)シグナリングに関係する遺伝子群が、前立腺ガンの進行度に応じて誘導されるという知見を以前に得ていたということです(参考文献 5)。

このデータから、アンドロゲン支配下にあるメチル転移酵素が怪しいと目星をつけており、「グリシンのメチル化によるサルコシンの生合成」というストーリーが出来上がっていたのではないでしょうか?メタボロミクスからメカニズム解明までつながった例はあまりなく(曽我さんのオフタルミン酸が数少ない例だったのではないかと思います)、メタボロミクスを出発点として書けばなかなかよいストーリーだと考えたのでしょう。

データを出した順番どおりに論文を書かず、ストーリーを作ってから書くのは一般的です。その方が論理の飛躍がないので読者に分かりやすいし、インスピレーションで行った実験から研究が始まり、後でそのギャップを埋める実験や考察を考えることも少なくないからです。また、メタボロミクスデータは、何も知らない素人でもやれば何かが得られるというものではなく、それ以外のデータや深い洞察があってこそ輝くというよいお手本だと思います。

Natureという一流誌に掲載されたということから、この成果は多くの読者の再現試験という試練にさらされます。とくに前立腺ガンの研究者にとっては、今後の研究の方向性を左右しかねないほどのインパクトを持っています。個人的には、この論文で書かれていることは基本的に正しいと思いますし、結果から導き出されている解釈も妥当だと思います。第一、読んでいて面白かった。これは重要です。

ただし、サルコシンが本当に臨床として役立つかどうかは不透明です。過去の調査では、グリシン-N-メチル転移酵素の発現が上がると前立腺ガンのリスクが減るという逆の結果も出ていますし (1)、この酵素をノックアウトしたマウスは肝ガンを発症するとい報告もあります (2)。しかし、前立腺ガンにおいては、進行を抑制するための医薬開発ターゲットとして期待できると思います。

いろいろ勝手な推測を書きましたが、まだ読んでいない方はぜひ読んでください。メタボロミクスの真の価値が実感できると思います。メタボロミクスデータの取得や処理、評価法は Supplemental methodに詳述されており、 HMTでも徹底的に議論する必要がありますね。

最後に、ここで私が書いた解釈はあくまでも個人的な見解であり、一般の研究者の意見を反映しているわけではなく、ましてや真実ではないことを強調しておきます。

[1] Huang, Y.C. et al., Clin. Cancer Res., 13:1412-1420 (2007)
[2] Martines-Chanter, M. L., et al., Hepatology 47:1191-1199 (2008)

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メタボロ太郎なう

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