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ABC's of Metabolomics

代謝プロファイルから示されるサルコシンの前立腺がん 進行への関与 (Nature誌)の逆説的解釈(前編)


こんにちは。バイオメディカルグループの大橋です。

2月12日号のNatureに”Metabolomic profiles delineate potential role for sarcosine in prostate cancer progression”という論文が発表されました。論文の内容については[こちら]をご覧ください。

大学院ではよく、「論文は批判的に読め」と指導されます。これは、「人の論文のアラを探せ」という意味ではなく、論文に書かれている研究結果やその解釈について、自分の経験と照らし合わせて本質的なものとそうでないものを区別しろという意味です。そのような意味で、論文の行間を読みながら本質を見抜いていくのは容易でありません。

このNature論文は、いろいろなところで紹介されていますが、強調されている点は様々です。解釈は十人十色だということでしょう。また、多くの人から解釈についていろいろ問われます。これは、この論文がこれまでに有名雑誌で紹介されたメタボロミクス関連論文とは明らかに違う価値があると多くの人が感じていることを示しています。

そこで、メタボロミクスの研究者として、どのようにこの論文を解釈しているかについての私見を述べてみたいと思います。


この論文の成果は前立腺のガン化の影響でアンドロゲン感受性が増加し、シグナル伝達経路を経て酵素が誘導され、サルコシンという物質が腫瘍組織内で蓄積するということを証明したものです。

一部の報道で「サルコシンという前立腺ガンの悪性度を評価する尿中マーカーが見つかった」とありますが、最初のメタボロミクストライアルでは尿での明確な差は認められませんでしたし、著者もそう書いています。

また、生検で確定診断したコホートでは、これまでの PSAマーカーよりはわずかに成績はいいのですが、診断とは程遠いレベルです (Fig. 3bおよび Supplementary Fig. 14, 15)。マーカーとしても疾患特異性は調べられていません。

しかし、そのこと自体はこの論文の評価に影響を与えるものではないと考えています。

では、この論文の重要なポイントとは何なのでしょうか?

ひとつめは、血清や尿では、実質的な代謝物質レベルの差は見られなかったという点です。

この点について著者らは隠し立てせずに明確に述べています。これは、原疾患部位である腫瘍組織をしっかり調べることこそが大事であり、その知見から合理的な血清マーカーを探すという戦略をとらなければいけませんよという著者らのメッセージなのです。

血液や尿などから間接的な疾患マーカーをオミクスで発見するのはなかなか難しいことです。「生化学的合理性」という大切なキーワードを忘れてはいけない、とくにガンのような生命の危機につながる疾患ではなおさらです。著者らは、バイオマーカー探索のある種の「ゴールデンスタンダード」を提唱しているのです。

ふたつめは、サルコシンおよびその前駆体であるグリシンを前立腺上皮細胞に暴露したら浸潤性となったことです。

腫瘍化という意味ではなさそうですが、これはすごい発見です。そんな話、聞いたことありません。にもかかわらず、このデータは Fig. 3のパネルdという、きわめて中途半端な場所に配置されています。しかも、そのデータについての結論は、「この浸潤性は、グリシン-N-メチル転移酵素によりグリシンがサルコシンに変換されたためであろう」という気の抜けた結論になっています。

私なら最後に、できれば独立したFigureとして示し、「サルコシンもしくはその前駆体であるグリシンは、前立腺上皮細胞を浸潤性に誘導する能力を持つ。これは、前立腺内でグリシン-N-メチル転移酵素が高度に誘導されていることのみならず、サルコシン自体が前立腺ガンの浸潤性を決定付ける主要因子であることを示している」と書くだろうし、もしかしたら「グリシン-N-メチル転移酵素の阻害剤の開発が、前立腺ガンの進行を抑制する治療薬となる」くらいのことを勢い余って書いて、レフェリーに「言い過ぎだ」ということで削除するように指導されるだろうと思うのです。

つまり、この Fig. 3dこそが前立腺ガンの進行度に応じてサルコシンが蓄積しているというメタボロミクスデータを支持する重要データなのです。確かに著者らは、論文の最後で、「サルコシン経路の構成要素が前立腺ガンの進行度を評価するマーカーになる可能性があり、また治療的……介入の新規な道筋を与えるかもしれない」と述べています。なぜ著者らがこの結果にこの程度の重要性しか与えていないのかは分かりません。もしかしたら、思いのほか当たり前のことなのかもしれませんし、逆に非常に重要なので気づかれないようにそっと忍び込ませたのかもしれません (もしそうならもったいないことです)。また、浸潤度の評価法が試験管内法だったので、明言は避けたのかもしれません。(後編へ続く…

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メタボロ太郎なう

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