こんにちは、B&Mの篠田です。2009年度よりHMTでは大学院生を対象に助成事業を行ってきました。今回は、初年度に受賞され、助成を受けて行った研究が盛り込まれた杉浦悠毅研究員(浜松医科大学)の研究結果がPLoS ONEに公開されましたのでご紹介します。
イメージング質量分析(IMS)が組織サンプル中の代謝物質の局在を、in situ ハイブリダイゼーションの様に可視化できる一方、CE-MSは1度の分析で代謝中間体まで網羅的かつ定量的に分析できます。
今回、浜松医科大学の瀬藤光利教授、杉浦悠毅研究員(2009年度HMT先導研究助成受賞者)、東京大学の田口良教授らのグループが、上記2つの最先端分析を組み合わせ、”てんかん”でおこる脳部位特異的なエネルギー代謝を明らかにしました。てんかんは神経細胞の興奮の異常が原因と考えられていますが、詳しいことは分かっておらず、特にてんかん全体の1/3にあたる難治性てんかんは、有効な治療が無く、患者のQOL低下は著しいものがあります。
杉浦研究員らは、確立されたてんかんのモデルであるカイニン酸投与マウスを材料として用いました。本てんかんマウスの海馬をIMSで分析したところ、ATP, ADPが薬剤投与により減少している一方、AMPは減少しておらず、ATP消費の亢進が示唆されました。興味深いことに、このATP消費は海馬のCA3ニューロン特異的に観察されました。この部位特異的なATP消費は定量性に優れるCE-MSでも確認されました。
IMSとCE-MSを組み合わせる利点は、IMSで明らかにされた代謝物の時空間ダイナミクスを、CE-MSがカバーする数多くの代謝中間体の変動で説明できることです。
このATP消費を代謝経路の観点から捉えると、CE-MSのデータから何が分かるでしょうか?
まず、ATPが減少しているが乳酸の量は減っておらず(図2a)、嫌気代謝の活性化は起こっていないことが分かります。細胞は、長時間虚血状態になると、NADH/NAD+比は上昇し、ピルビン酸から乳酸を蓄積することが知られていますが、今回のてんかんモデルでは、そのような応答は起こっていません。
一方、(1) NADH/NAD+ 比減少、(2) アセチルCoA増加、 (3) TCA回路の前半部である クエン酸およびcis-アコニット酸が増加している、という3点から、ミトコンドリアでの好気呼吸が亢進していると推測されます。さらにクエン酸の上昇は、まさにCA3ニューロン特異的でした(図2b)。
てんかんの表現型はカイニン酸投与後30分で起こるにもかかわらず、これまでの研究は、投与後数時間〜数日単位の神経細胞のアポトーシス(1, 2)しか検討されておらず、今回のような急性応答を詳細に解析した研究はありませんでした。
本研究で、30分程度の急性期に、ネクローシス様の代謝応答がCA3ニューロン特異的に引き起こされていることが新たにわかり、てんかんの起こるメカニズムの解明や、CA3層の神経細胞死をターゲットにした新たな抗てんかん薬の開発につながることが期待されます。また、IMSとCE-MSを組み合わせた今回の最先端分析は、代謝物質の時空間ダイナミクスと、代謝中間体の詳細なデータの間の行き来を可能とし、神経精神疾患のメカニズム解明に役立つ極めて有用な方法であると考えられます。
≪ PubMed ≫
[2] Pinard E, Tremblay E, Ben-Ari Y, Seylaz J.
Blood flow compensates oxygen demand in the vulnerable CA3 region of the hippocampus during kainate-induced seizures.
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≪PubMed≫
[3] Sugiura Y, Taguchi R, Setou M.
Visualization of Spatiotemporal Energy Dynamics of Hippocampal Neurons by Mass Spectrometry during a Kainate-Induced Seizure.
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