バイオマーカー・分子診断事業部の藤森です。植物メタブローグ第二弾です。今回からしばらくは植物の生産性を向上させるためにメタボローム解析はどう生かせるかについてお話をしたいと思います。
ヒトは生存に必要な栄養素は主に食品から摂取しています。炭素源としては糖を、窒素源として主にタンパク質およびアミノ酸を摂取しています。ヒト体内で他の代謝物から生合成できないアミノ酸は、必須アミノ酸と言われ、栄養素として摂取しなければなりません。
一方、植物は、炭素源として大気中から二酸化炭素、窒素源として土壌中から硝酸イオン、硫黄源として土壌中から硫酸イオンを取り込んでいます。取り込まれたこれらの無機物質は有機物質に変換され、タンパク質など生育に必要な物質の原材料として利用されています。このため、植物の生育を向上させるためには、環境中からこれらの元素を取り込み、有機物に変換していく過程を活性化しなければいけません。炭素源としての二酸化炭素は大気中に豊富に存在していて、生育に必要な硫黄の量は炭素、窒素と比較して少ないため、生育にとって律速要因になっているのは、通常生育条件下では植物体中の有機窒素化合物の量であると考えられています。
植物体中の有機窒素量を増やすためには、無機窒素化合物を有機窒素化合物に変換しなければなりません。植物では、土壌中から窒素源として取り込まれた硝酸イオンを出発物質として、タンパク質を構成する全てのアミノ酸を合成することができます。この点は、ヒトの窒素代謝とは大きく異なります。まず、硝酸還元酵素によって硝酸イオンから亜硝酸イオンに、さらに亜硝酸還元酵素によってアンモニウムイオンに変換されます。次に、グルタミン合成酵素の働きによってグルタミン酸とアンモニウムイオンからグルタミンが生成されます。さらに、グルタミン酸合成酵素の働きによって、グルタミンと2-オキソグルタル酸から2分子のグルタミン酸が生合成されます。グルタミン合成酵素とグルタミン酸合成酵素が担っている反応によって、有機炭素代謝物(2-オキソグルタル酸)から有機窒素代謝物(グルタミン酸)へ変換して、植物体内の有機窒素化合物の原材料を増加させています。
これまで、植物の生育の向上を目的として、植物体内の窒素量を増加させる試みが行なわれてきました。具体的には、上記の酵素(硝酸還元酵素、亜硝酸還元酵素、グルタミン合成酵素、グルタミン酸合成酵素)を過剰発現して、有機窒素含量や生育にどのような効果があるか調べられてきました。しかしながら、これらの酵素を過剰発現しただけでは、有機窒素含量や生育に顕著な改善は見られませんでした。理由としては、窒素代謝経路中で1つの反応を活性化しただけでは、窒素代謝全体を活性化するには至らなかったということが考えられます。代謝経路の一部を見るのではなく、代謝全体を見る必要があるということです。代謝全体を見るためには、メタボローム解析をする必要があります。
では、どのようにすれば、植物体中の有機窒素含量を増加させることができるのでしょうか?その答えについては次回のブログで説明したいと思います。