バイオメディカルグループの篠田です。
学会やセミナーにいくと、HMTのブログ見てます!という声をちらほらと聞いて、うれしく思っています。もっと読者が増えるように、皆さんのお役にたつ技術情報を書いていきます。まずは、隔月の6回シリーズで「ほかのオミクス」について書いていきます。
今回はプロローグとして、「なぜ”ほかのオミクス”が必要か?」がテーマです。
HMTはメタボロミクスの会社ですが、生命現象の理解には、メタボロミクス以外のオミクスとの連携が重要と言われます。最近では、HMTとも関係が深い慶応大学先端生命科学研のグループが、マルチオミクス(メタボロミクス+プロテオミクス+トランスクリプトミクス+フラクソミクス)解析により、大腸菌の代謝の頑強性を実証したり[1]、HMT研究員の大賀が、メタボロミクスとトランスクリプトミクスの組み合わせで、Thermus thermophilusの新規代謝酵素の機能を同定したり[2]したことは記憶に新しいところです。
しかし、そもそもなぜ異なるオミクス間の連携が必要なのでしょうか?
レニー・モスというイギリスの生化学者が書いた「遺伝子には何ができないか (原題: What Genes Can’t Do)」[3]という本の中に、とても示唆に富む記述があります。
NCAMのような単一の遺伝子Dの場合だけを考えても、運命を左右する調節の節目が二個所ある。それは転写の開始とスプライシングだ。その両者とも「アド・ホック委員会」の複雑な手続きによって判定が下される。
アド・ホック(ad hoc)とは、「その場しのぎの」「臨機応変の」という意味です。著者は、表現型と遺伝子を安易に結びつける現代の生物学の風潮に警鐘を鳴らし、遺伝子のみが(秩序を発生する実体という意味で)生物的情報の唯一の源ではなく、生命は遺伝子(核酸配列)だろうとオリゴ糖だろうと、その場にあるものを多元的に使って生命を営んでいる、と繰り返し主張・例証しています。
つまり、生物はその場しのぎ的に(アド・ホック)に、委員会に参加している委員の名簿を使って秩序を生み出しており、いくら技術が優れていても、そこにあぐらをかいていては「鍵をなくした酔っぱらいが、明るい街灯の下だけを探す」状態となり、生命現象の基盤には迫れないのです。
もちろん、分子ネットワークだけが重要なわけでなく、モスは、細胞内の膜構造、定常状態のダイナミクスも生物学情報の源として挙げています。
メタボロームの専門家である我々も、日々”ほかのオミクス”の武器を身につけ、細胞生物学を学び、守備範囲を広げ、生命がどんな委員で会議を開いていても鍵を探せるよう、研鑽を怠らないようにしたいと思っています。
第1回は、次世代シーケンサー(ゲノミクス) (8月公開予定)を予定しています。
Ishii N., Nakahigashi K., Baba T., Robert M., Soga T., Kanai A., Hirasawa T., Naba M., Hirai K., Hoque A., Ho P.Y., Kakazu Y., Sugawara K., Igarashi S., Harada S., Masuda T., Sugiyama N., Togashi T., Hasegawa M., Takai Y., Yugi K., Arakawa K., Iwata N., Toya Y., Nakayama Y., Nishioka T., Shimizu K., Mori H., Tomita M. Science, 316(5824):593-597, 2007.
[PubMed]
[2] Ooga T, Ohashi Y, Kuramitsu S, Koyama Y, Tomita M, Soga T, Masui R.
Degradation of ppGpp by nudix pyrophosphatase modulates the transition of growth phase in the bacterium thermus thermophilus.
J Biol Chem. 2009 Apr 3. [Epub ahead of print]
[PubMed]
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