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ABC's of Metabolomics

【がんとメタボロミクス1】がんとメタボローム


バイオマーカー・分子診断事業部の藤森です。いつもは植物とメタボロミクスについてお話していますが、今回からがんとメタボロミクスについてもお話ししていきたいと思います。植物とメタボロミクスについても引き続きお話していきますので、こちらもよろしくお願いします。

がんの研究の世界では、どのようなメカニズムを働かせて正常細胞からがん細胞に変換され、がん細胞が増殖し続けるのかについて明らかにするために、20世紀の終わり頃はがん遺伝子、がん抑制遺伝子を同定する仕事がたくさん行われてきました。その結果、がん化あるいはがんの抑制に関わる遺伝子が多く同定されてきました。

しかしながら、がん細胞内で起こっている事象を詳細に明らかにするためには、細胞内代謝と関連付ける必要性があることが最近頻繁に提唱されるようになってきました。以下、がん細胞内でどのような代謝活動が行われているかについて説明します。

ヒトなどの細胞は、通常血流からの供給によって環境中から栄養素を取り込み、必要に応じて適当な比率でエネルギーあるいは細胞内構成成分の材料に変換しています。このような代謝活動を行うことによって、生命活動を維持しています。増殖していない細胞では、細胞内構成成分を作り出す必要性がないため、栄養源から最大限にエネルギーを獲得することが優先されます。一方、がん細胞のような増殖中の細胞では、エネルギーを蓄積するよりも、細胞内の構成成分を合成することが優先されます。

 

細胞はどのようにしてエネルギーを獲得しているのか?

細胞は、主に解糖系や酸化的リン酸化によってアデノシン3-リン酸(ATP)を生成し、このATPを用いることによって細胞内の様々なエネルギープロセスを駆動しています。

解糖系も酸化的リン酸化も共にATPを生成しますが、ATPの生成効率が大きく異なります。酸素を必要とせずにグルコースを乳酸に変換する解糖系経路では、グルコース1分子当たり2モルのATPが生成されるのに対して、酸素を必要とする酸化的リン酸化によるグルコースの異化代謝では、グルコース1分子当たり36モルのATPが生成されます。酸化的リン酸化と比較して解糖系経路では、エネルギーの観点では、より効率的にATPを生成することができませんが、がん細胞は酸素存在下でさえも、グルコースを大量に取り込み、酸化的リン酸化ではなく主に解糖系を活性化させています。

なぜがん細胞はエネルギー的に非効率的な代謝を積極的に行っているのか?

その答えとして、これまでいくつかの説明がなされています。そのうちの一つは、がん細胞のような増殖中の細胞は、ATPよりも新たな細胞を作り出す細胞内構成成分の材料の生成を優先させている、というものです。

解糖系から枝分かれした代謝経路である酸化的ペントースリン酸回路でリボースの生成、それに伴うNADPHの生成、解糖系中間体から生成される非必須アミノ酸の生成が活性化されています。また、解糖系ではNADをNADHに変換され、NADHの蓄積が見られますが、ピルビン酸から乳酸デヒドロゲナーゼによって乳酸を生成することによって、NADHをNADに再変換します。結果として、NADの枯渇によって解糖系の抑制が起こることを回避しています。

また、がん細胞は、タンパク質合成や核酸合成の窒素源として必要である以上にグルタミンも大量に取り込み消費しています。グルタミンは、グルタミン酸を経て2-オキソグルタル酸に変換され、細胞質からミトコンドリア内のTCA回路に入ります。TCA回路内で生成されたリンゴ酸は、ミトコンドリアから細胞質に出て、そこでリンゴ酸脱水素酵素によりピルビン酸に変換され、その際にNADPHが生じます。また、TCA回路内で生成されたクエン酸もミトコンドリアから細胞質に出て、ATP-クエン酸リアーゼによってアセチルCoAに変換されます。

グルコースやグルタミンの代謝によって生成されたリボースは核酸合成に、非必須アミノ酸はタンパク質合成に、アセチルCoAは脂肪酸合成に、NADPHは核酸合成および脂肪酸合成に利用されます。生合成された核酸、タンパク質、脂肪酸は、新たな細胞の構成成分として利用されます。一方、これらの代謝に伴い、副産物として生成された乳酸、アラニン、アンモニウムイオンは細胞外に放出されます。

このようにがん細胞内で起こっている代謝の大まかな枠組みは分かってきました。また、がんの細胞内代謝で重要な反応を担っている酵素も明らかになっています。実際に、ピルビン酸から乳酸を生成する乳酸デヒドロゲナーゼの働きを抑制したり[1,2]、クエン酸からアセチルCoAを生成するATP-クエン酸リアーゼの働きを抑制したりすると[3]、がん細胞の増殖が抑制されることが報告されていることからも、これらの酵素ががん細胞の増殖に重要な働きをしていることが確認されています。

しかしながら、がん細胞特有の個々の代謝反応の調節が、細胞全体の代謝にどのような影響を及ぼしているのか、またそれがどのようにがん細胞の増殖に結びついているのかについては分かっていません。今後は、メタボローム解析を用いて全体として理解していく方向に進んでいく必要性を感じます。

今回は全体としての大まかな話でしたが、次回からはがんと代謝について詳細にお話したいと思います。

[1] c-Myc transactivation of LDH-A: implications for tumor metabolism and growth.
Proc Natl Acad Sci U S A. 94(13) 6658-63, 1997
PubMed

[2] Fantin VR, St-Pierre J, Leder P.
Attenuation of LDH-A expression uncovers a link between glycolysis, mitochondrial physiology, and tumor maintenance.
Cancer Cell. 9(6) 425-34, 2006
PubMed

[3] Hatzivassiliou G, Zhao F, Bauer DE, Andreadis C, Shaw AN, Dhanak D, Hingorani SR, Tuveson DA, Thompson CB.
ATP citrate lyase inhibition can suppress tumor cell growth.
Cancer Cell. 8(4) 311-21, 2005
PubMed

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