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ABC's of Metabolomics

【研究者インタビュー】先端生命科学研究所伊東卓朗研究員


先端生命科学研究所でオイル産生微細藻プロジェクトを推進している伊藤卓朗研究員にお話をお聞きしました。伊藤さんの専門は植物メタボロミクスで、2006年から鶴岡メタボロームキャンパスでCE-TOFMSとLC-TOFMSを使ってオイル産生微細藻の研究をされています。今回は伊藤研究員の研究テーマであるエネルギー問題への藻類の利用についてうかがいました。



―先日はサイエンスゼロで伊藤さんの研究が取り上げられていましたね。実際に精製したオイルを燃やしていましたが、反響はありましたか?

研究コンセプトを安めぐみさんのコーナーで分かりやすく紹介していただいたので、一般の人にも好評でした。特に、実際に燃やしてみたことで、水の中にいる小さな植物から抽出したオイルが燃料になることを実感してもらえたようです。

―初めに、研究課題について簡単に説明していただけますか?

産業応用可能なオイルを産生する藻類について研究しています。現在、人類は、石油資源の枯渇や大気中の二酸化炭素濃度上昇、水の酸性化など様々な問題を抱えていますが、これらを解決する手段として、オイル(脂質)を蓄積する藻類に注目しました。オイル産生藻は二酸化炭素を取り込んで脂質を合成し、しかもオイル産生に必要なエネルギーを光合成によって自己調達できます。私は、メタボローム解析による代謝研究を通じて、これらの藻類における効率的な脂質蓄積条件や高度オイル産生株の品種改良手法の構築を目指しています。

しかし、これまでに藻類で行われてきた代謝研究は限られているうえ、藻類は非常に多様性に富んでいるため近縁種と言われていても必ずしも代謝が共通しているとは限りません。また、ゲノム解析の成果がいくつかの藻類で報告されていますが、そこに含まれる遺伝子の機能解明はまだまだ不十分です。本プロジェクトでもゲノム解析を検討しましたが、得られる情報の必要性に対して手間と時間、コストが掛かりすぎると判断し、今のところ行っていません。一方で、表現型の一つとも言える代謝物質を直接測定するメタボローム解析技術は汎用性が高く、これを藻類に適用することによりオイル産生やその制御に関わる代謝経路を絞り込むことができると考えました。

―まずメタボローム解析で手がかりを探すわけですね。

藻類も含めて植物の代謝経路は非常に複雑で未知の経路が数多く存在すると言われています。メタボローム解析のみでは、経路自体を直接明らかにすることは難しいですが、細胞内にどんな物質が存在していてその量がどう変化しているのかは分かります。各種栄養素が枯渇したらどうなるか、熱やpHなどの刺激を与えたらどうなるか、栄養が枯渇した状態から逆に一部の栄養素を与えたり、アナログ物質を使って特定の代謝経路を抑制したりしたときに中心代謝物質や脂質の量はどう変わるのか、などなど、さまざまな条件でのメタボローム解析のデータを統合的に解析することにより、代謝物質の量的変化を目印に脂質の代謝に関わる経路を調べています。また、脂質を大量に蓄え始める時にはトリガーがあるはずなので、それぞれの代謝経路間の制御においてキーとなる物質も探しています。これらについて仮説を立てた後に、注目した代謝経路の遺伝子を調べたり、変異体を作ったりすることで、効率的にオイル産生に関わる代謝の知見を集めることができると考えています。

シュードコリシスチスエリプソイディア培養槽

―具体的にはどのような種について研究されているのですか?

現在は主にシュードコリシスチス エリプソイディア(仮名)“Pseudochoricystis ellipsoidea”(以下、シュードコリシスチス)という単細胞の藻類について研究しています。これは2005年に発見されたばかりの微細藻で、体長は5ミクロンほどで楕円形、単細胞の緑藻です。特徴は、無機栄養(硝酸・リン酸・カリウムなど)が豊富な間は急速に増殖し、それらが枯渇すると細胞中に大量の脂質を蓄積するということです。メタボローム解析のように網羅的な解析から生命現象を理解しようとする場合は、シンプルな条件に起因する2つ(またはそれ以上)の状態を比較することが基本です。培地を交換するだけで簡単にオイル産生のオン・オフをコントロールできるシュードコリシスチスは網羅的解析に適しています。また、オイル産生と増殖能力のバランスが良いので、研究を進める上でも産業応用する上でも利用しやすいです。
この藻については、株式会社デンソーと共同研究を行っており、私は産業応用まで発展させることを目指しています。さまざまな環境変化に対してどう反応するのか? そのとき代謝はどのように動くのか? 厳しい環境条件を乗り切るためにはどのような培養条件にすればいいのか? 逆にシュードコリシスチスの能力を伸ばすためにはどうすればいいのか? など、まずは、大量培養したときに起こると予想される問題点を代謝の観点から解決したいと考えています。

―なぜ油を作るのだとおもいますか?

藻類が栄養欠乏状態で脂質を蓄積する理由を明らかにする事は難しいですが、一つの推測としては、環境が回復したときに再増殖するためのエネルギーとして脂質を貯めるのではないかと考えています。無機栄養を取り込めなくなった時点で増殖できないことを感知し、増殖をやめ、代謝活性を落とし始める。しかし光が当たっている限りは光合成をやめることはできない。増殖をやめたことで光合成から得たエネルギーが余ってくるので、生き返るためのエネルギーとして脂質に振り替えているのではないでしょうか。植物によってはデンプンとしてエネルギーを蓄える種もありますが、脂質として蓄えるメリットは、脂質のほうがエネルギーを取り出しやすいからだと思われます。とはいえ、この推測は人間が意味を与えただけで、藻にとっての脂質を蓄える理由は「それが種を絶やさずに生存し続けるのに都合が良かった」ということに尽きるのではないでしょうか。

―藻類を利用するメリットは何ですか?

2008年に発表されたSchenkらの研究に、私たちが使っている微細藻の実験室内でのデータを重ね合わせると、一定の面積あたりダイズの27倍、ナタネの10倍の効率でオイルを生産できることになります。バイオディーゼルの原料でありながら、増産のための森林破壊が問題になっているアブラヤシと比較しても2倍以上の生産性です。さらに藻類は、年中継続的に生産し、収穫できるため、収穫物を大量に備蓄する必要がありません。作物を始めとする多くの高等植物では年1回、多くても年数回が限界です。また、収穫の時期が決まっているため天候の影響を受けやすく、オイル生産にも無駄が出ます。藻の場合は、常に作り続けて、常に使い続けることができます。

―これまでの研究と違うところは?

これまでの分子生物学的な代謝研究は、細胞内で起こっている膨大な数の化学反応のうちごく一部にターゲットを絞って、それに関わる酵素やその制御因子を探すことを目指してきました。私たちは、代謝の結果として細胞内に存在する代謝物質についてメタボローム解析を用いて俯瞰的に観察することで、脂質の合成やその制御に関連しそうな物質をリストアップし、そこからそれぞれの物質の代謝する酵素やその制御機構を調べて行きます。そのため、これまでは解析の難しかった異なる代謝経路間での相関や制御機構についても考察できます。特に、脂質の代謝は様々な物質になりうる複雑なネットワークを構成しているため、このアプローチが有効だと考えています。

―アメリカではすでに実用化が始まっていますが、100社以上はあると言われているそれらの企業に勝つ勝算はありますか?

アメリカではさまざまな分野のベンチャーがありますが、培養技術の開発を行っている会社が特に注目されています。私は、藻類由来のオイル生産や発電所での排気ガス中の二酸化炭素固定を持続的に行うことは、微細藻を産業利用するための基礎技術であり、近く可能になると考えています。しかし、それはあくまで最初の一歩です。培養技術を確立した後には、生産性を上げるためによりオイル産生能力の高い藻類を探したり、品種改良したりする必要があるでしょう。そうなった時に、私たちが取り組んでいる研究が役立つと信じています。

目標はカーボンニュートラル

伊東 卓朗

当面の目標は、排出した二酸化炭素をすべて回収して新たなエネルギーにする、そんなカーボンニュートラル(吸収する二酸化炭素量と排出する二酸化炭素量が同じである状態)なプラントを実現することです。工場やごみ焼却施設、火力発電所など、ひとつの施設で排出した二酸化炭素を回収し、燃料に変換し、その燃料を利用してプラントを運転することができれば、石油資源の節約になり、結果として大気中の二酸化炭素濃度の上昇を抑えることができます。私たちが行っているのは代謝の研究ですので、実際には企業などと協力しながら、その実現に貢献する研究成果を提供していきたいです。

―油として使ってしまったら二酸化炭素は減らないのでは?

そうですね。増え続けているものを急に減らすことは難しいので、まずは、これ以上空気中の二酸化炭素濃度を上げないようにすることが大事だと思います。藻類由来の燃料を使う意義は、二酸化炭素を取り込んで作られたオイルを使うことで空気中の二酸化炭素濃度を上げないということと、化石燃料の代替となることで新たに空気中に放出される二酸化炭素量を減らすという効果があります。将来的には、さらに空気中の二酸化炭素を効率よく利用できるように改良して、石油資源が必要なくなるところまでたどり着きたいです。

―シュードコリシスチス エリプソイディアは淡水産ということですが、大規模な生産を考えたとき海水のほうが水を得やすいのではないでしょうか?

確かに超巨大なプラントで大量生産するとしたら水と養分を海水から確保できる海産藻類の方が有利かもしれません。しかし、高度に管理された高効率の培養を行う場合、ゴミのフィルタリングや配管への付着物や沈殿物などの問題は淡水のほうが起こりにくいと言われています。また、淡水産の藻類を下水処理の過程に組み込むことができれば、炭素源を確保できるので無機栄養だけの培養よりも時間を生産性があがる可能性があります。つまり、どれとどれをソースとして組み合わせて、どれくらいの規模で作り出すかということによって海水・淡水それぞれのメリット・デメリットがあると考えています。

藻類のデータベースを作りたい

このほかにも様々な藻の代謝パターンのデータベースを作り、新しく発見した脂質を蓄積する藻の代謝に関する分類を容易にしたいと考えています。そのために、当研究所の仲田博士と共同で日本各地から400株あまりの藻類を採集して、脂質を蓄積する藻をスクリーニングしています。藻類は多種多様で、まだ研究の進んでいない種もたくさんあります。何かのきっかけで油を産生する藻もいれば常時油を産生し貯蓄する藻もいますし、淡水で育つ藻も、海水で育つ藻もいます。さまざまな藻をコレクションし、油産生のタイプや油の種類、代謝パターンなどのデータベースを作り、生育環境や培養テクニックに共通性を見いだせれば、この先新たな藻を探し、利用していく中で有用な情報になるのではないかと考えています。

―今ある有用な藻を改良するのではないのですね。

もちろん、遺伝子操作や突然変異などを利用してその藻の能力を改良することも必要だと考えて、その準備も進めています。しかし、改良には時間がかかりますし、どういった能力が不足しているのか、何を改良すれば生産性が上がるのかといったことを見極める必要があります。そのためには、自然界にいる藻類の性質を知り、有用微生物としてのポテンシャルが高い藻を探していくことは必須だと思っています。藻類は非常に多様性があり、陸上に進化した高等植物も藻類の中のわずか1系統に由来すると考えられています。そして、分類方法にもよりますが、水中にはより多くの系統が存在します。そこで、改良では得られないような遺伝的背景が全く異なる種を探しています。まずは広く浅く。大きな系統から数種類ずつ選び出してそれらがどういう特徴を持つかを調べれば、藻類全体において、どういう特徴の違いがあるのかを知ることができます。その中で突出した能力を持つ藻を探していきます。

今後はモデル生物に応用

―今後のどのように研究を進めていく予定ですか?

今後は、仮説を立てた代謝制御機構の証明と、その機構の種間比較が課題となります。シュードコリシスチスを使ったメタボローム解析は、今後も積極的に行って代謝機構の理解を進めます。シュードコリシスチスは増殖が早いので研究に使いやすいですし、実用化を成功させることも重要だと思っています。大量生産の段階になったら規模に合わせて品種改良も必要になるでしょうし、この研究は今後も優先して続けていきます。

また、シュードコリシスチスの研究から得た知見を活かし、さらに新しい視点も取り入れて他の藻でも研究をしていきます。たとえば、モデル生物であるコナミドリムシ(クラミドモナス)と比較することで、ゲノム解析や他の研究者の成果も研究に利用できるようになり、より多くのことを議論できると考えています。その他にも、やりたいことはたくさんあります。他の研究者や学生と協力して、当研究所ならではの研究を進めて行きたいです。

―ありがとうございました。

(2009年5月11日 インタビュー・写真:井元淳)

インタビューイプロフィール
伊藤 卓朗(イトウ タクロウ)
1998年 鶴岡工業高等専門学校物質工学科卒業
2001年 弘前大学農学部生物資源科学科卒業
2006年 東北大学大学院生命科学研究科生態システム生命科学専攻博士後期課程修了 学位取得 博士(生命科学)
2006年 先端生命科学研究所研究員

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