今年入社した分析グループの藤森玉輝です。
博士研究員の時は、DNAマイクロアレイやアジレント社のCE-MSを使って植物の一次代謝の研究をしていました。植物のメタボロミクスの研究成果は、生産性の高い農作物の作製、薬学的に有用な物質の生産、環境浄化など非常に重要かつ多様な分野に生かすことができる可能性を秘めており、大変興味深いです。
これからは植物の代謝物に関する様々な研究を紹介していく予定にしていますのでよろしくお願いします。
生命現象を理解するためにはメタボロミクスが重要であることは当然ですが、さらにトランスクリプトミクスと組み合わせることで、理解をより深めることができます。
しかしながら、統合オミクスの力を最大限に発揮した研究例はまだ少なく、現状ではトランスクリプトミクスとメタボロミクスをして考察する論文が標準的です。これは、統合オミクスを駆使してエレガントな研究を行う方法がまだ確立されていないからです。
統合オミクスの研究方法については今後も考え続けていかなければいけませんが、まず統合オミクスとして成功した論文を読んで学ぶのが誰にでもできる一番簡単な道です。そこで、今回は4年前の論文になりますが、理化学研究所植物センターのグループがモデル植物であるシロイヌナズナで統合オミクスをエレガントに使った研究を紹介したいと思います。
植物中には約20万種類もの代謝物質が存在し、その中には薬、香料、燃料として利用できるものが含まれています。その中でもアントシアニンは、抗酸化作用があるため植物から抽出したものを食品に添加し、いくつも健康食品として商品化されています。またネズミを用いた実験では癌の抑制に効果を示すことも証明されており、非常に興味深い代謝物質の一つです。
2005年に発表されたTohgeらの論文では、ある転写因子を過剰発現することでアントシアニンが過剰に蓄積された遺伝子組み換え植物体を用いて、メタボロミクスとトランスクリプトミクスを行っています。
まず、メタボロミクスによりアントシアニン過剰蓄積植物体では、フラボノイド代謝系ではquercetin glycoside類が増加し、kaempferol glycoside類が減少、アントシアニン代謝系ではcyanidin derivative類が増加していることが分かりました。
次に、トランスクリプトミクスにより、フェニルアラニンからアントシアニンを生合成する経路に関わる酵素遺伝子が多く誘導されていることが示されました。その中で、DNA配列からグリコシルトランスフェラーゼファミリーとしての機能を持つことは予測できるが、どの生合成反応に関わっているか分からない未知遺伝子もアントシアニン過剰蓄積植物体で誘導されました。
この未知遺伝子は、アントシアニン生合成系の反応に関わっていると考えられるため、このグリコシルトランスフェラーゼ酵素遺伝子の破壊株を用いたメタボロミクス解析と、精製たんぱく質を用いた生化学的解析を行い、グリコシルトランスフェラーゼファミリー遺伝子がアントシアニン生合成経路のどの反応に関与しているかを明らかにしています。
この論文では、メタボロミクスとトランスクリプトミクスをするだけでなく、さらに一歩進んで、新規の代謝酵素遺伝子の機能を明らかにしたということに大きな意味があります。しかも、この論文が発表されたのは今から4年も前であることを考慮すると、非常に新規性の高い論文でした。統合オミクス研究を考えていく上で、大変参考になると思います。
メタボロミクスは、バイオロジストにとって非常に強力なツールとなりえます。まずは代謝物質を実際に測定してみることが重要です。そのデータを見ながら、次の一手を打つ時にその研究者の個性が出るのではないのでしょうか?メタボロミクスを最大限生かすためには、学び、思案し続けていくことが必要だと思っています。
追伸 本文とは全く関係ないのですが、研究者というのはどんな小さな分野でもいいので、その分野で一番になることが重要だと思います。メタボロミクスの分野は、まだまだ始まったばかりなので、それぞれの研究に応用することによって、その分野で一番を目指していただければと思っています。
Tohge T, Nishiyama Y, Hirai MY, Yano M, Nakajima J, Awazuhara M, Inoue E, Takahashi H, Goodenowe DB, Kitayama M, Noji M, Yamazaki M, Saito K. Plant J. 2005 Apr;42(2):218-35.
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