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ABC's of Metabolomics

青いバラの代謝工学


こんにちは、バイオメディカルグループの大賀です。

近頃、鶴岡の天気はかなり不安定です。雨の日が多く、ようやく晴れたと思いきや突然のゲリラ豪雨にがっかりさせられることも。天気に気分が左右される単純な者としては、からっと晴れてくれるとテンションも一気に上がります。本格的に雪が降りだす前に、一日でも多く、青空が見られるといいのですが…

さて、青くてテンションが上がる話題は天気だけではありません。こちらのニュース(サントリー社ウェブサイト”世界初!バイオテクノロジーで「青いバラ」の開発に成功!”)にも、私、かなり興奮しております。

すでに多くの場で取り上げられているニュースなのでご存知かもしれませんが、来月から青色のバラが一般市場に出ることになりました。花言葉は「奇跡」「神の祝福」など。お祝いや応援に、年末年始のイベントにぴったりですね。

青いバラの作出は、長らくの世界中の愛好家の挑戦にも関わらず実現をみなかったため、不可能の代名詞とまで言われてきたそうです。その理由は、そもそもバラが青色の色素を合成できないことにあります。

色素といえば、ちょうど去年の今頃に紅葉のお話と一緒に触れましたが、植物の中で作られる有機物、つまり代謝産物です。今回誕生した青いバラは、他の植物が持っていた「青い色素を作る代謝」を遺伝子操作でバラに組み込む「代謝工学」によって生み出されました。

代謝工学の技術は農薬耐性作物などにも活用されており、私達の生活にとって身近なものとなりつつあります。しかし、目的の代謝産物を得るためには遺伝子を導入してハイ終わり、という訳ではなく、現在でも制御が困難な複数の要因を考慮する必要があります。

今回の青いバラの作出に関しては 2007年の論文で研究成果が発表されており、代謝工学の戦略を勉強する上でとても参考になりました。ロマンチックなお話は余所にお任せして、ここでは「奇跡」を成し遂げた代謝工学を追ってみたいと思います。

バラの花を彩る色素は、フラボノイドの一種であるアントシアニジン類です。バラはこのうち、赤色の素になるシアニジンや橙色の素になるペラルゴニジンを生合成する代謝を持っています。実は、正確に言うとアントシアニジンの発色は周囲の環境に大きく影響され、同じ色素でも条件によって異なる色を呈します。その様な環境条件の一つが pH で、例えばシアニジンの発色は酸性条件 (> 3) の赤から 中性付近 (7-8) の紫、アルカリ性条件 (> 11) の青と変化します。色素は植物細胞内の液胞という画分に存在するのですが、バラの液胞内 pH は弱酸性 (4-6) であり、そのため赤や橙を帯びた色合いしか見ることが出来ません。

では、液胞の pH を高くしてやれば良いのでは?

しかし、液胞は浸透圧の調整をはじめとした重要な機能を持ち、またその pH は複数のポンプタンパク質によって制御されています。そのため、液胞中の環境を大きく変えるような方法は、植物全体への影響があったり手間がかかるという、あまりスマートとは言えない選択肢になります。

一方、他の植物が作る色素の中には、酸性に近い条件でも青色を呈するものが存在します。特に、デルフィニジンという色素はシアニジンとよく似た構造をしており、共通の基質から合成することができます。今回の研究では、パンジーが持つデルフィニジンの合成酵素の遺伝子がバラに導入されました。

こうやって一行で書いてしまうと簡単なことの様に思えますが、実際に導入した酵素が目的どおりの機能を発揮するかどうかは、結果をみなければ分からない部分があります。他の植物から目的遺伝子を探しだし、クローニングし、導入して、評価をしたら、また探索、と。想像でしか語れませんが、似たような実験をやっていた者としては、その苦労が偲ばれます。

また、遺伝子を導入するバラの方に関しても、出来るだけ液胞中の pH が高い株であることが望まれます。さらに、色素の発色には金属イオンなど複数の予測未知な要因も関わってきますから…こちらも、スクリーニングによって最適なものを選ばなくてはなりません。論文では 6 つの株についての試験結果が記述されていますが、遺伝子導入後に花が咲くのを待ち、さらに複数回の安定性評価を経て、、、と、こちらの苦労は、1日で増えるバクテリアを相手にしていた私には、想像もつきません…

さて、その結果選び抜かれた組み換え株ですが、さらに鮮やかな青へと洗練していく為の工夫が加えられています。遺伝子を導入したことでデルフィニジンを合成できるようになったバラですが、もともと持っていたシアニジン・ペラルゴニジンの合成代謝も残っているため、互いの材料になる基質分子を取り合ってしまうことになります。そこで、 RNAi という技術でシアニジンの合成代謝が働かないようにし、またデルフィニジンの合成に適した酵素の遺伝子も追加導入し、ほとんどデルフィニジンしか合成しないバラが作出されています。

最後に、こうやって組み上げられた代謝が単一株内で継代することが確認され、『正真正銘、世界初の青いバラ』が誕生しました。

代謝工学の相手は生物という複雑かつ予測不可能なシステムです。まず目的の代謝をデザインしますが、ある段階からはスクリーニングで「目的に近いもの」を選び出し、周辺の代謝を調整することでようやく完成に至ります。スマートなデザインはもちろん重要ですが、それより何よりも求められるものは、研究を全うするための意志と忍耐力なのかもしれません。商業化に向けた安定性・安全性の検証も含め、開発までの 20 年という時間は、決して短いものではなかったと思います。

ところで毎度ながらの私事ですが、この研究プロジェクトを知ったのは確か、私が大学に入学した頃だったと思います。当時はまだ遺伝子操作の何たるかも理解していないダメ学生でしたが、「不可能に挑戦」という部分を聞いて「何てカッコいいコトをやってる研究者がいるんや!」と思ったことを覚えています。現在では微妙に近いような遠いような分野で自分自身が研究に携わるようになりましたが、約 10 年を経てその成果を目の当たりにすると、やっぱりカッコいいなと思いました。なにしろ、長年の研究成果に与えられた称号 (花言葉) が「夢 かなう」ですから。

最後に、上記の論文から最後の一文を引用させていただきます。

Although more effort will be required to achieve sky-blue roses, the exclusive delphinidin production and the resultant color changes presented in this study represent a historic milestone in rose breeding.

論文のこの箇所には「今後は~」といったお決まりの内容が書かれていることが多くて普段は読み流しますが、今回に限ってはこの一文、特に milestone という単語に年月をかけて描かれた軌跡の大きさを(勝手に)感じてしまいました。

一日でも早く、青空色のバラが見られるといいですね。

[1] Engineering of the rose flavonoid biosynthetic pathway successfully generated blue-hued flowers accumulating delphinidin.
Katsumoto Y, Fukuchi-Mizutani M, Fukui Y, Brugliera F, Holton TA, Karan M, Nakamura N, Yonekura-Sakakibara K, Togami J, Pigeaire A, Tao GQ, Nehra NS, Lu CY, Dyson BK, Tsuda S, Ashikari T, Kusumi T, Mason JG, Tanaka Y.Plant Cell Physiol 2007 Nov;48(11):1589-600.

[PubMed]

[2] 『青いバラへの長い歩み』 化学と生物 (2005) Vol43, 2, pp 122-126

[3] 『花弁を青色化するさまざまな仕組み』 バイオサイエンスとインダストリー (2007) Vol65, 7, pp354-356

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メタボロ太郎なう

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