バイオメディカルグループの篠田です。マルチオミクスシリーズ第三弾として、プロテオミクスについて取り上げます。
質量分析計の発達により、一度に数千個のタンパク質を同定した論文が普通になり、さらにSILAC法を代表とする、複数種類の安定同位体アミノ酸を培養細胞に取り込ませピークを比較する方法で、定量的解析もできるようになりました。ノンコーディングRNAもあるとは言え、タンパク質が生命システムの主役であることを考えると、すでに我々は生命の部品カタログの完成に近づいているように思えますが、実際のところはどうなのでしょうか? 最新の論文から、プロテオミクス技術でどのくらいのタンパク質が見えるのか、まとめてみました。
生物種 | 同定タンパク質/ペプチド数 | 全遺伝子に対するカバー率(推定値) | 出典 |
D. melanogaster | 9,124/498,000 | 50% | Brunner et al., Nat Biotechnol (2007) |
S. cerevisiae | 4,399/1,788,451 | 65% | Godoy et al., Nature (2008) |
E. coli | 1,103/13,469 | 41% (26%) | Ishihama et al., BMC Genomics (2007) |
M. musculus | 4,768/489,090 | 20% | Kislinger et al., Cell (2006) |
A. thaliane | 13,029/86,456 | 50% | Baerenfaller et al., Science (2008) |
すると、酵母で全遺伝子モデルの約65%、ショウジョウバエでも50%と、まだまだ半分程度[注]ということがわかります。しかも、これらの論文は、プロテオームサンプルを何度も分画し、分析もナノ液体クロマトグラフィー(LC)のグラジエントを複数種類使い分けた結果であり、そんな最新のプロテオミクスで頑張っても、まだまだ、生命の部品カタログ完成には遠いようです。
注: 測定したコンディションでは発現していなかったタンパク質を含む可能性もあります。
その上、より興味深いことに、今まで、活性を変える少数の修飾サイトのみが研究されてきた、タンパク質のリン酸化やアセチル化修飾が、実は、予想よりもかなり広汎に存在することがわかってきました。例えば、HMT研究員の杉山が発表したシロイヌナズナのリン酸化プロテオミクスの論文[1]では、典型的なチロシンキナーゼがゲノムにないシロイヌナズナでさえ、1346のタンパク質上に、2172のリン酸化サイト (このうち4.3%がチロシンリン酸化) がみつかっています。
これはチロシンキナーゼが90種類もあるヒトと同等の数です。また、最新号のサイエンス[2]では、リシンのアセチル化修飾に着目した「アセチル化プロテオミクス」を行い、今まで遺伝子発現調節のみで主に研究されてきたアセチル化修飾が、実はcell cycle, splicing, nuclear transport, actin nucleationといった広汎なクラスのタンパク質にも付与されていることが明らかにされました。修飾の数は、リン酸化に匹敵するそうです。
これらの、無いはずだった所から見つかってくる大量のタンパク質修飾は、いったい何をしているのでしょうか?どこまでファンクショナルなのか、これから研究が進んでいくのでしょうが、比較的よく研究されてきたリン酸化やアセチル化でこれだけの修飾が見るかるのですから、プロテオミクスは、技術が進んでたくさん見れば見 るほど謎が深まる、というのが現状のようです。
次回はリン酸化プロテオミクスについて書きます(12月公開予定)。
このほかの[マルチオミクス]シリーズもご覧になってください。
Large-scale phosphorylation mapping reveals the extent of tyrosine phosphorylation in Arabidopsis.
Mol Syst Biol. 2008;4:193. Epub 2008 May 6.
[ PubMed ]
[2] Choudhary C, Kumar C, Gnad F, Nielsen ML, Rehman M, Walther TC, Olsen JV, Mann M.
Lysine acetylation targets protein complexes and co-regulates major cellular functions.
Science. 2009 Aug 14;325(5942):834-40.
[ PubMed ]