こんにちは、HMTの 大賀拓史です。
先日、研究所の先輩がサケ漁に参加したときの写真を見せてくれました。山形県と秋田県の境にそびえる鳥海山。そこから流れる牛渡川で、一般向けに公開される漁に参加してきたそうす。(ホームページでの案内もされていますので、興味がある方は是非、探してみてください。)
仕掛けにかかったサケの群れを一気に引き上げて...
最後は木の棒でおとなしくなって貰うそうです。
長い旅を終え、川の流れに逆らってここまで辿り着いたサケたちに対しては少し申し訳ない気持ちもありますが、「生きていく=食べる」とは即ち、こういういうことでしょう。私自身も、お土産をありがたく、美味しく頂きました。
ところで、サケの仲間は生後、川から海に下って生活を送った後、生まれた川に戻って来ることが知られており、このことを「母川回帰」と呼ぶそうです。しかし、あれだけ広い海に飛び出して旅をした後、よく他の川と区別して、故郷の川を見つけることができるものですね。各国の学者が標識漂流等による実験を行ったところ、実に 80 % のサケが生まれ育った川に帰ってきたそうです。
サケに限らず、回遊する生物には磁気コンパスなど、自分の位置を把握する生体メカニズムがあることが知られています。しかし、日本という (比較的) 狭い土地に数多くある川の中から、たった一つだけの自分の故郷を見分けるには、それだけでは不十分なようです。どうやら、サケが故郷の川を見つけるためには、「故郷の匂い」が重要な役割を果たしているようです。
日本の研究者によって行われた実験によると、サケは稚魚の時に棲んでいた川の水に対して、特異的な反応を示すそうです。川に含まれる成分を調べたところ、特にアミノ酸の組成が川ごとに異なっていることが分かりました。そして、アミノ酸と塩だけで川の水を再現したところ、故郷の川の水に対する反応と同じ反応を示したそうです。また、分岐した水路から上記の「人工故郷の川の水」が流れてくると、実際にサケがそちらを選択するという結果も得られたとのことでした。
それにしても、アミノ酸という比較的ありふれた分子だけで各地の川が特徴づけられている、その事実にはびっくりさせられます。サケにとってはニオイの成分ですが、私たちにしてみれば、これこそまさに「ふるさとの味」になるのでしょうね。
サケの母川回帰のメカニズムはまだよく分かっていない部分も多く、故郷の川の識別にアミノ酸だけで十分かどうか、という検証もこれからの課題のようです。川の微量成分を調べてみると、アミノ酸以外にも何か、重要なニオイ成分が見つかるかもしれませんね。おっと、こんなところでメタボロミクスの出番が!
今回わたしたちの身のまわりの生き物が、ヒトが絶対に感知できない世界をもとに一生のメカニズムを作り上げている、ということに改めて気付かされました。自然保護は言うまでもなく大事なのですが、単に私たちから見て「キレイそうな環境」を作っても、そこに生きる動植物にはとんだ迷惑だったりするのでしょう。自然、という環境を守るためには、私たちの目や感覚だけでは測れないことも、知っておくことが必要なのかもしれませんね。
[1] Amino acids dissolved in stream water as possible home stream odorants for masu salmon
Shoji, T. et. al. Chem Senses, 2000, 25, 533-540.
[PubMed]
[2] サケ魚類の母川回帰機構に関する生理・生態学的研究
[3] 上田宏 日本水産学会誌, 2005, 71, 282-285