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ABC's of Metabolomics

[第3回マルチオミクス] 超多重リン酸化修飾のナゾ


バイオメディカルグループの篠田です。以前のメタブローグで、昨今のリン酸化プロテオミクスのめざましい進展にともない、タンパク質のリン酸化修飾サイトが、これまでの予想より広汎に存在することがわかってきたが、その意義は未解明である、と紹介しました。

上記の傾向は、高等生物になるほど顕著で、原核生物では、1つのタンパク質につき7個以上のリン酸化修飾(セリン、スレオニン、チロシン)のサイトが存在することは非常に稀ですが、真核生物では、1つのタンパク質につき150サイト以上も珍しくありません。

今回、その「超多重リン酸化」の生物的意義の一端をシステムズバイオロジーの手法で解明した論文が、ハーバード大学のグループから出たので、紹介します。

この論文では、いわゆるウェット実験は行っていませんが、仮想的なタンパク質のリン酸化を、非常に単純(※)なMass-Actionの式を用いてモデル化しています。Mass-Actionモデルとはいえ、個別のリン酸化サイトのKineticsパラメータを得ることは困難ですが、乱数を用いて何度もシミュレーションし、結論を得ることで代えています。
(※) わかりやすさのため、Mathematicalな話の多くを省略して紹介していますが、パラメータ削減のための仮定など、論文著者は、様々な工夫をしています。

シミュレーションの結果、リン酸化サイトがN個あるとしたら、N+2/2 の、「安定」(☆)な定常状態をとれる、ということがわかりました。つまり、150個のリン酸化サイトがあれば、76種類の安定な定常状態をそのタンパク質はとれるのです。リン酸化サイトがたくさん存在するのだから、とり得る定常状態が増えるのはわかりますが、それらの多くが安定であると示した事には意義があります。なぜなら、安定である、ということはすなわち、外乱で、定常解から少し離れた状態に細胞が向ってしまっても、もとの解(定常状態)にもどるという事、つまり「ロバスト」であるからです。
(☆) 微分方程式の安定性は、一般的な、ヤコビ行列の固有値を求める方法で解析しています

さらに、安定な定常状態の中には、1つのリン酸化サイトにフォーカスした定常状態だけでなく、複数のリン酸化サイトが協調的にリン酸化され、安定になっているものも多いことがわかりました。

例として、論文から引用した、左図をみてください(論文Fig. 2a inset)。これは、リン酸化サイト数Nが4の場合のシミュレーション結果です。安定な定常状態はN+2/2=3つあり、それぞれ、図中の1,2,3に対応します。1個目の安定定常状態は、まったくタンパク質がリン酸化されていない状態ですが、2個目の安定定常状態は、2番目と4番目のサイトがリン酸化されています。このような、複数サイトの協調的な安定定常状態が、多くあるのです。これは、「ヒストン・コード」のように、リン酸化修飾の安定な組み合わせが「バーコード」として働いていることを推察させます。面白いですね。

これからも、「超多重修飾」に着目して、リン酸化プロテオミクスの技術や、理論研究の面白い論文を紹介していきたいと思います。

このほかの[マルチオミクス]シリーズもご覧になってください。

[1]Thomson M, Gunawardena J.
Unlimited multistability in multisite phosphorylation systems.
Nature. 2009 Jul 9;460(7252)274-7
[ PubMed ]

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メタボロ太郎なう

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