がん研究におけるメタボロミクスの進展

2013年にはNatureに代謝解析をきっかけとしたがん研究の論文が掲載されるなど、メタボロミクスが果たす役割は年々大きくなっています。

本セミナーではがん分野でメタボロミクスを採り入れられている先生方をお招きし、最新のメタボローム研究例をご紹介いただきます。

日程・場所

場所 日時 定員
梅田(大阪) 6月20日(金)
13:40~16:20(受付開始13:20~)
60名

開催概要

参加費
無料(あらかじめ参加申込みをお願いします)
主催
ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社
お問い合わせ
ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社
営業・マーケティング部 井元淳
☎ 03-3551-2180

プログラム

13:40~13:45 ごあいさつ
13:45~14:30 核酸と代謝:癌と再生医学の融合

大阪大学大学院 消化器癌先進化学療法開発学講座
助教 今野 雅允先生

14:30~15:15 創薬研究におけるメタボロミクスの進展

ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社
研究開発本部 研究員 紙 健次郎

15:15~15:35 コーヒーブレイク
15:35~16:20 RBがん抑制遺伝子の代謝制御機能

金沢大学がん進展制御研究所 腫瘍分子生物学研究分野
教授 高橋 智聡先生

プログラムは予告なく変更することがあります。変更した場合は当ウェブサイトおよびご登録いただいたアドレスまでご連絡いたします。

会場

日時
6月20日(金)13:40-16:20 (受付開始13:20~)
会場
AP梅田茶屋町 H+I
住所
〒530-0013 大阪府大阪市北区茶屋町1番27号 ABC-MART梅田ビル8F
アクセス
JR大阪駅、地下鉄御堂筋線梅田駅3分(地下街経由直結)
阪急梅田駅1分
定員
60名

 

講演要旨

核酸と代謝:癌と再生医学の融合

今野 雅允先生

大阪大学大学院医学系研究科消化器癌先進化学療法開発学

癌組織中には治療抵抗性の根源となる癌幹細胞が存在すると考えられており、この治療抵抗性を如何に克服するかが重要な課題となっている。私達は大腸癌細胞株へOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycを導入し、癌細胞の治療抵抗性がin vitroにおいて低下することを見出して報告した。しかし、実際の治療で目的とする細胞に遺伝子を導入をすることは容易ではない。私達は臨床応用に向けて、マイクロ RNAを用いた癌細胞のリプログラミングを行い、大腸癌においてin vitro、in vivoの効果の検討を試みた。大腸癌細胞株へマイクロRNAを導入するとヒトiPS細胞様のコロニーが得られた。これらの細胞はOct3/4、Sox2等多能性マーカー陽性であることが確認された。リプログラミング後の細胞は増殖能が低下し、抗癌剤への感受性が増すことがin vitroに於いて示された。またin vivoで癌細胞のリプログラミング誘導を行うと腫瘍の増殖が有意に低下し、抗癌剤への感受性も増した。さらに細胞内でのマイクロRNAの機能を検討したところマイクロRNA200cはEMTに拮抗する機能を持つことがわかり、癌の浸潤・転移に関わる性質を低下させる働きがあることが示唆された。加えてマイクロRNA302はDNAメチル化因子の発現を制御することによりゲノム全体の脱メチル化を促進し、癌抑制遺伝子等の発現を上昇させることを介して癌の悪性形質を減弱させる機構が明らかとなった。

次に、マイクロRNA369の機能について調べた。マウス多能性幹細胞の品質(キメラ形成効率等)に関わる染色体領域として12番染色体F1領域が知られている。この領域はインプリンティング領域としても知られ、遺伝子発現が厳密に制御させている領域である。細胞へマイクロRNA 369を導入し、網羅的プロテオーム解析を行った結果、スプライシング因子がターゲットであることを明らかにした。このマイクロRNAはAgo2タンパク質などとRISC複合体を形成し、mRNAに結合することでmRNAを不安定化し、結果として翻訳の阻害を行うことが一般に知られている。近年Fxr1など他のタンパクとの複合体を形成することでmRNAを安定化させ、翻訳を上昇させる働きがあることが明らかになりつつあるが、私達が明らかにしたマイクロRNA 369もFxr1やスプライシング因子とRISC複合体を形成することで、複合体内のmRNAを安定化させ、翻訳を促進させる機構が明らかとなった。スプライシング因子は解糖系を制御する酵素の一つであるピルビン酸キナーゼ(Pyruvate Kinase;PK)のスプライシングを制御することが知られている。マイクロRNA 369による代謝の制御は体細胞からiPS細胞へのリプログラミングに関与し、さらに多能性幹細胞が体細胞へ分化する際、内胚葉組織(膵臓、肝臓、小腸、大腸等)への分化誘導に重要な役割を果たしていることをin vitroに於いて明らかにした。このように重要なゲノム領域にコードされているマイクロRNAのインプリンティングを介した代謝制御と細胞の運命決定の新しい機構を明らかにした。

さらに、マイクロRNA369によりスプライシングパターンが制御されるPKM2 は、グルコース代謝の律速酵素であり、癌細胞では嫌気性解糖(ワールブルク効果)の要となる重要な役割を果たしている。近年ではPKM2はEGFR刺激に応答して核内に移行しCyclinD1のプロモーター活性を調節することにより、その発現を上昇させることが示されている。私達は核内PKM2の未知の機能の検討を進めた。癌細胞はTGF-β1及びEGFを用いて上皮間葉転換(EMT)の表現型を獲得することにより浸潤・転移の能力を獲得する。その刺激によりEMTが誘導され、癌細胞の核内PKM2の発現が増加し、核内PKM2の増加が観察された。免疫沈降実験によりPKM2は核内において、 TGF-βシグナルの下流として知られるエピゲノム因子と相互作用し、EMTを誘導する新しい機能を明らかにした。臨床病理学的分析では、 PKM2陽性が有意にリンパ節転移や遠隔臓器転移と相関することを示した。

以上のように、細胞内の生理活性物質の代謝制御は、核酸を含む情報伝達経路に精緻なネットワークを形成するだけでなく、細胞の終末分化やエピゲノム制御にも重要な役割を果たすことが明らかとなった。今回の研究成果は、その恒常性の破綻が癌であることを強く示唆しており、その意義に関して議論したい。

創薬研究におけるメタボロミクスの進展

紙 健次郎

ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社

― メタボロミクスは信頼できる研究ツールたり得るのか?―

この疑問を解消していただくには、何よりもその実績をご覧いただくことが必要であろう。

弊社は年間350件以上の解析試験を通じて、様々な研究分野におけるメタボロミクスの導入を支援してきた。近年では基礎的な生化学研究に留まらず、がん研究や再生医療などの先端分野で、またバイオプロセシングや品質管理などの幅広い分野で、メタボロミクスを活用した研究成果が生まれつつある。

本講では、弊社が提供するメタボロミクスの概要・性能の現状と共に、その実績として昨年度に発表された幾つかの文献をレビューさせていただく。また、特に創薬を指向した事例として下記2テーマを取り上げ、得られたデータとその活用について論じたい。

・事例1.MEK阻害剤によるがん細胞の中心代謝応答
MAPK/ERK kinase (MEK)は、細胞外からの刺激に応じて転写を制御する主要なシグナル経路因子の一つである。我々は、高感度分析プラットフォームにより、立体培養がん細胞にMEK阻害剤による広範なエネルギー代謝の変化を捉えた。

・事例2.抗がん剤治療における血中マーカーに基づく患者層別化の試み
漢方成分であるアルクチゲニンは、in vitro及び動物モデルにおいて抗腫瘍作用が確認され、現在臨床研究が進められている。我々は、血中代謝プロファイルの経時的な変化から患者層別化に寄与するマーカー候補を抽出し、その有効性を検討している。

RBがん抑制遺伝子の代謝制御機能

高橋 智聡先生

金沢大学がん進展制御研究所
腫瘍分子生物学研究分野 教授

RBがん抑制遺伝子産物の不活性化が発がん時に起こるのは、網膜芽細胞腫、骨肉腫、小細胞肺がん等限られた種類の腫瘍である。コモンタイプのがんでは、悪性進展時に不活性化が起こることが専らであり、発がん時にはむしろこの遺伝子産物の活性が保たれていることが必要とさえ言われている。悪性進展のコンテクストにおいてRB不活性化が引き起こすと言われるイベントは、細胞周期異常のみならず浸潤・転移、炎症、血管新生、未分化性・薬剤耐性獲得など多様である。

我々は、1990年代後半に行われた線虫の研究等によって示唆されたRBとRasの相互抑制的な遺伝学的関係の分子機構をマウス遺伝学の力を借りて解析し、RBに細胞周期・分化制御以外の機能があることを見出した(Nat. Genet., 38:118, 2006; Cancer Cell 15: 255, 2009)。次いで、悪性進展時のRB不活性化によって腫瘍の未分化性・薬剤耐性を誘導するモデルを作製、トランスクリプトーム解析、細胞外フラックス解析、メタボローム解析等の手法を用い、このコンテクストにおけるRB不活性化シグナチャーを探索した。

その結果、RBが細胞内の代謝や細胞外の微小環境の制御に深く関わることを見出した。更に、RB不活性化が未分化性を誘導するモデルから得られたシグナチャーをデータベース上に存在するヒトがんのデータとともにGSEA解析に付することによって、ヒトがんの未分化性発現に関わり、次世代がん治療の有効標的となることが期待できる分子群を同定した。進化の過程において、RBが酵母(サイクリンやサイクリン依存的キナーゼなどは揃っている)に存在せず、植物を含め多細胞生物になってはじめて登場するのは、RBが細胞周期制御に専念すべく運命づけられた分子とは言えないことを予見していたかも知れない。

本発表では、RBの未知の働きに光をあて、代謝的側面からがんを攻略するための戦略を考察する。また、我々のような基礎がん研究においてメタボロミクスが今後いかに役立つであろうかについても私見を述べたい。

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