メタボロームとは
生体内には核酸(DNA)やタンパク質のほかに、糖、有機酸、アミノ酸などの低分子が存在しています。
これらの物質の多くは、酵素などの働きによって作り出された代謝物質(メタボライト)です。
生体内に含まれる代謝物質の総体(すべて)を「メタボローム」と呼び(”metabolite”と”-ome”からの造語)、その種類や濃度を網羅的に分析する手法のことを「メタボローム解析」あるいは「メタボロミクス」と呼びます。
メタボロームを測る意味
それぞれの代謝物質は、生体内での「代謝」を介して結び付いています。
食事などによって摂取された代謝物質は、その物質自身が生理的な活性をもつだけでなく、生体内での代謝によって異なる代謝物質になるという役割ももっています。
新たに産生された代謝物質は更に異なる代謝物質になったり、あるいは元の代謝物質に戻ったりして、複雑に絡み合う代謝パスウェイを通して変化します。
こうした代謝は細胞内だけにとどまらず、血液などを介して筋肉や脳など他の組織にも影響を与えるほか、尿や脳脊髄液(CSF)といった体液にも多くの変動をもたらしながら、全身で協調して生体の恒常性(ホメオスタシス)を維持します。
それゆえ、外部からの刺激(温度や光といった環境の変化や薬物摂取、食事など)や疾病などによって代謝が動くと、細胞の中に存在する代謝物質の種類や濃度にも変化が生じます。
代謝物質を網羅的に解析するメタボローム解析を用いることで、生体内の代謝がどのように変化しているかを把握することができ、生命現象を更に深く理解することが可能となります。
また、その変化を詳細に分析することにより、バイオマーカーの探索や代謝の生化学的仮説立案・検証が可能となります。
メタボロミクスの利点
生体内の変化を理解しようとするときに、DNA 配列の網羅的解析(ゲノミクス)やタンパク質の網羅的解析(プロテオミクス)も非常に重要なツールとなります。
しかし、同一の遺伝情報から異なる表現型が出てくる場合に、これらの手法でその表現型の原因を追うことは困難です。
生体の現在の状態を大きく反映する代謝物質に着目し、その網羅的解析(メタボロミクス)を行うことで、何が表現型に影響を与えているかを詳しく明らかにすることが可能となります。
他にもメタボロミクスの利点として、下記のような点が挙げられます。
- 対象物質数が少ない:ヒトで約22,000とも言われる遺伝子に比べ、代謝物質は約3,000(ヒューマン・メタボローム・データベースより)と対象が少ないため解析が容易である。
- 種を超えてゲノム情報や分析法を共有できるので、種ごとに異なるゲノム情報や分析法を用意する必要がない。
- 代謝ネットワークは熱力学と量論により厳格に規律されており、シグナルネットワークなどと比べて理解が容易である。
メタボロミクスは、システムの「構造」より「状態」を反映し、表現型に近い変化のスクリーニングに適しています。そのため、
- 全身的な疾患や代謝の変動を追う研究
- 明確な現象に伴う「ファジー」な変化を読み取る研究
- 表現型が不明な現象の「定義づけ」のための研究
に適している一方、局所的な代謝異常・シグナル伝達を見るような研究には適していません。
また、試験系としては以下に適しています。
- 多群間での相対比較
- 経時変化などのモニタリング
- 絶対定量値を必要とする検証
メタボロミクスで用いられる主な分析手法
「メタボローム」が低分子の代謝物質の総体であるという点については先に述べましたが、それゆえ、メタボロミクスにおいては試料中に存在する代謝物質レベルを一斉に、かつ網羅的に測定する技術が鍵となります。
特にメタボロミクスにおいては個々の代謝物質の定性および定量性を維持しなければならないため、代謝物質を高度に分離、分析する機器分析法を用いることとなります。
しかし、「メタボローム」の中には、アミノ酸、アミン、ヌクレオチド、糖、脂質など、物理化学的性質の大きく異なる物質が多数混在しており、現段階では、単一の機器であらゆる代謝物質を一斉に分析する手法は存在しません。
そこで、現実的にはいくつかの相補的手法を組み合わせることが要求されます。
特に広く用いられているのが、試料の性質に適した手法で分離した後、検出器として質量分析計を使用する手法です。
質量分析とは
質量分析(Mass Spectrometry:MS)とは、試料をイオン化し、生成したイオンを電界や磁界の働きによって分離することでm/zの値を得る分析方法です。
質量分析計に達する前に分離器を通すことにより、分子量の近い物質を分離することができます。
分離方法は分子の性質によって使い分けられており、以下などがあります。
- 非常に細い管(キャピラリー)の両端に高電圧をかけることによりイオン性の化合物を高速・高分離能で分離するキャピラリー電気泳動(CE)
- 分子の保持力が固定相と移動相で異なるという原理を利用して、液体状態でカラム内分離する液体クロマトグラフィー(LC)
- 分子をガス状態で分離させる、ガス状の化合物または気化する化合物に特化したガスクロマトグラフィー(GC)
質量分析機器の違い
代謝物質の物性は、水に溶けやすい/油に溶けやすい(水溶性/脂溶性)、電荷をもっている/もっていない(イオン性/中性)、揮発しやすい/しにくい(揮発性/非揮発性)など、様々な側面から分類することが可能です。 そうした物質ごとの特徴に合わせた分離分析を行うことで、それぞれの代謝物質を高い精度で分析することが可能となります。