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ABC's of Metabolomics

メタボロミクスを何が変えたか?


研究開発本部の藤森です。「メタボロミクスは何が変わったか?」に続いて、今回はメタボロミクスの進化の契機となった論文についてご紹介します。

前回のブログでは、メタボロミクスは「ただ測って可能性を示唆するだけ」の段階から「新しい生物学的知見を明らかにする段階」まで、学問として進化してきたことに触れました。それでは、その契機となったものは何だったのでしょうか?


研究者それぞれで意見は異なるとは思いますが、個人的な見解では「代謝物質の一つであるサルコシンが前立腺の腫瘍の悪性度に関与している」という内容で、Natureにメタボロミクス論文(Sreekumar et al., 2009)が発表されたことだと考えています。

この論文では、前立腺の良性腫瘍、悪性腫瘍、転移性腫瘍の組織について、メタボローム解析を行い、腫瘍組織中のサルコシンのレベルが悪性度と正の相関関係があることを明らかにしました。

さらに、グリシンにメチル基を付加してサルコシンを合成する酵素の遺伝子発現を抑制させてサルコシン量を減少させると悪性度が低下し、逆にサルコシンを脱メチル化させてグリシンに変換する酵素の遺伝子発現を抑制させてサルコシン量を増加させると悪性度が上昇することを実験的に証明しました。また、サルコシンを培地に添加することでも、悪性度が上昇することを見出しました。

つまり、メタボロミクスによって前立腺の腫瘍の悪性度に関連する代謝物質を同定し、分子生物学的手法等によって検証することで、腫瘍に関連するマーカーを同定することに成功しました。

この論文については以前のブログで詳しく解説していますので、そちらも併せて読んでみてください。
代謝プロファイルから示されるサルコシンの前立腺がん 進行への関与 (Nature誌)の逆説的解釈(前編)
代謝プロファイルから示されるサルコシンの前立腺がん 進行への関与 (Nature誌)の逆説的解釈(後編)

以前の論文ではメタボロミクスによって疾患のマーカー候補を列挙するに留まっていたのとは対照的に、この論文ではさらに実験結果を加えて、疾患との相関を調べることで、マーカーが疾患と科学的に関連することを証明しています。おそらく、メタボロミクス以外では、サルコシンと前立腺の腫瘍の悪性度との関連性を明らかにするのは非常に難しかったのではないでしょうか。

この論文がNature誌に掲載されたことで、メタボロミクスによって前立腺の悪性腫瘍と関連した代謝物質を同定できたことが世界中に知られることになり、メタボロミクスは疾患マーカー探索において有用である可能性が高まり、一躍注目を集める学問となりました。

さらには、メタボロミクスが仮説検証型研究や他のオミクスでは検出できないものを、見ることが可能であることを世の中に知らしめることができました。

次回は、メタボロミクスで得られた結果を検証して新たな生物学的知見を得るためにはどうすればよいか?その具体的方法についてご説明します。

[1] Sreekumar A, Poisson LM, Rajendiran TM, Khan AP, Cao Q, Yu J, Laxman B, Mehra R, Lonigro RJ, Li Y, Nyati MK, Ahsan A, Kalyana-Sundaram S, Han B, Cao X, Byun J, Omenn GS, Ghosh D, Pennathur S, Alexander DC, Berger A, Shuster JR, Wei JT, Varambally S, Beecher C, Chinnaiyan AM. , Metabolomic profiling reveals a role for caspase-2 in lipoapoptosis. , Nature. 457(7231) 910-4 , 2009
PubMed

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