うつ病を血液検査で簡便に診断する検査法を開発

受託解析サービスを提供する研究開発型バイオベンチャーのヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社※1(本社・山形県鶴岡市、代表取締役社長・菅野 隆二、以下HMT)と外苑メンタルクリニック(東京都港区、院長・川村則行)は、血液をメタボローム解析※2することにより、大うつ病性障害※3(以下うつ病)患者でエタノールアミンリン酸の濃度が低いことを発見し、うつ病を診断するバイオマーカー※4として特許[1]を出願しました。

要旨

うつ病患者34名と、年齢や性別の構成をそろえた健常者31名の血漿メタボローム解析を行い、うつ病を診断するバイオマーカーとしてエタノールアミンリン酸(EAP)を同定しました。EAPの濃度を測定することで、うつ病患者を正しく診断できた確率は82%、健康な人をうつ病でないと診断できた確率は95%と、高い診断性能を示します。単独の血液成分でこれほどの高い診断性能を示すものは過去に知られていません。

また、EAPは高速かつ安価に測定することができるので、臨床現場での実用性も高いバイオマーカーです。今後は、うつ病患者の血液検査キットを早期に実用化し、見逃されていたうつ病患者の一般健診やプライマリケア※5による発見を目指します。

開発の背景

現在精神科専門医を受診している患者は104.1万人[2]ですが、未受診患者を含めると全うつ病患者は395万人[3]に達すると言われています。また、日本の自殺者は年間3万人を超え、そのうち少なくとも1万人がうつ病患者で、残りの2万人の中にも専門医に受診していないうつ病患者が相当数にのぼると考えられています。
さらに、患者ひとりの年間経済損失は、長期欠勤や医療費などにより年間200万円にも及びます。また、うつ病患者は失業率も高く、経済的な困窮から自殺を選ぶ場合もあります。自殺による経済損失は1兆2,000億円、うつ病全体では数兆円に上り、うつ病のケアは日本社会全体で重要な課題です。
しかし、現在のうつ病診断は専門医による問診しか手段がなく、健康診断や専門外の診療科においてうつ病を発見するのは困難です。
一方でうつ病は適正な治療によって治癒し、早期の発見が予後改善と再発防止に有効な疾患であるため、専門医でなくても診断できる客観的な判断基準であるバイオマーカーの早期開発が望まれています。

本研究の概要
対象 精神科専門医が診断した大うつ病性障害患者34名と健常者31名の血液(血漿)
(性別、年齢、BMI、検査一ヶ月前の体重の変動、婚姻、就労、喫煙量など大うつ病性障害以外の差異を排除して採取)
手法 採取した血漿試料中に含まれる物質を網羅的に解析したのち、大うつ病性障害患者と健常者で濃度に差が見られる物質を抽出
結果 解析の結果、血漿から検出された538物質の内、大うつ病患者と健常者の間で統計的有意差のあった13物質を抽出し、大うつ病性障害のバイオマーカーとして特許出願[1]しました。中でもEAPは大うつ病性障害患者の血漿濃度が低下し、単独で有病正診率(感度)は82%および無病正診率(特異度)95%を示しました。また治療後にEAP濃度が正常基準値まで回復するなど、臨床的妥当性を示すデータも得られています。
今後の開発

今後は血液中のEAPを測定する体外診断用医薬品を開発し、実際の臨床現場での実用性と従来の問診による診断との関連を調査します。これらのデータをもとに全国の医療機関や臨床検査企業と協力し血液検査キットを開発し、プライマリケアおよび健康診断でも利用できる血液診断方法の早期実用化を目指します。本開発は独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のイノベーション推進事業(産業技術実用化開発費補助事業)に採択され、平成22年度より事業を開始しています。


[1] 発明の名称:うつ病のバイオマーカー、うつ病のバイオマーカーの測定法、コンピュータプログラム、及び記憶媒体 発明者:川村則行、篠田幸作、大橋由明、石川貴正、佐藤基 国際出願番号:PCT/JP2010/063713
[2] 厚生労働省 平成 20 年患者調査の概況「主要な傷病の総患者数」上巻第 64 表
[3] The WHO World Mental Health Survey Consortium, JAMA, 291:2581-2590, 2004

 

プロファイル

※1 ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社について
ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社(HMT)は、CE-MS法の技術をもとに2003年7月に設立され、メタボロミクスのリーディングカンパニーです。主な事業内容はCE-TOF MSを利用したメタボローム受託解析で、メタボローム解析技術を用いたバイオマーカー探索のほか、医薬、機能性食品、発酵プロセスの最適化などの分野で実績を上げています。今後は環境、エネルギー、化学などの分野も視野に入れ、幅広い分野での貢献を目指しています。https://humanmetabolome.com/jpn/

※2 メタボローム解析
メタボローム解析(メタボロミクス)は、細胞や生体内に存在するアミノ酸や糖、脂質などの代謝物質を網羅的に測定し、生命現象を総合的に理解しようとする研究分野です。遺伝子を解析するジェノミクス、たんぱく質を解析するプロテオミクスなどとともに、生命科学における解析手法のひとつとして注目されています。

※3大うつ病性障害
気分障害の一種であり、抑うつ気分(喜びの喪失)や不安・焦燥、精神活動の低下、食欲低下、不眠症などを特徴とする精神疾患です。日本では生涯罹患率は10%程度と言われています。
大うつ病性障害は症状の記述により各精神障害を定義し、複数の特徴的病像が認められるかで診断を下す方法である操作的診断基準により診断されるものであり、「うつ状態」であっても必ずしもうつ病性障害であるとは限りません。例えば、ストレスの原因が取り除かれることで症状が緩和する適応障害はうつ状態を呈することがありますが、うつ病性障害とは区別されています。
本研究では、うつ病性障害の中でも比較的症状の重い「大うつ病性障害」を対象としています。

※4 バイオマーカー
正常なプロセスや病的プロセス、あるいは治療に対する薬理学的な反応の指標として客観的に測定・評価される項目(米国食品医薬品局の定義)。血液や尿、組織中に含まれる生体物質で、特定の病気の状態や薬剤の効果などに応じた生化学的、病理学的、薬理学的変化を定量的に測定できるための物質。

※5 プライマリケア
患者が最初に接する医療の段階。患者が最初にかかる門戸としての保健医療活動であり、身近に容易に得られ、適切に診断処置され、また以後の療養の方向について正確な指導が与えられることを重視する概念。

※このニュースについてのお問い合わせ
営業・マーケティング部 井元
TEL: 03-3551-2180

うつ病を血液検査で簡便に診断する検査法を開発

このニュースは以下のメディアでも報道されました

・朝日新聞 5月21日付36面 [Asahi.com]
The Telegraph
・山形新聞 6月3日付22面 [Yamagata News Online]
・荘内日報 6月4日付1面
・週刊新潮 6月23日号(第56巻第24号)
・日経ビジネス 7月11日号(No.1599)

カテゴリーから検索

記事掲載年月から検索